第2話 登場は嵐の如く

 上品な掛け声と共に、ルヴィオラは腰から上を反らす様にひねった。当然のこと胸ぐらを掴む男子生徒の腕ごと。


 それは文字に起こせば、乱暴な男子の手を嫌う女子のか弱く思える仕草。だが常軌を逸していたのはその力強さと速度、そして巧みさだ。



そら?)



 男子がその一瞬のうちに脳裏に描けたのはその言葉だけ。


 ルヴィオラのたった一挙動により、彼は彼女の胸元へ伸ばした手を離す事も能わず、嵐に巻き込まれたかの様に振り回され宙を舞い、そして今……地面へと身体を強かに打ちつけることになった。



「ぐ……ぉ……」


「さ、これはわたくしの“一本”ですわね?」



 ルヴィオラは楽しそうに、受け身も取れず地面へと打ちつけられ痛みに喘ぐな男子を見てくすくすと笑う。それは嘲笑う類のモノではなく、“力比べ”に勝った事への純粋な喜びの微笑みだ。


 英傑学園への入学にあたり、今投げ飛ばされた彼もまた一般的な人間より優れた身体能力や戦闘技能、あるいは魔法的才覚を有していたはずではある。だが、ルヴィオラのそれはが違ったのだ。


 “力”を尊び、“力”を修め、“力”を極める東方の獅子、ハーティア家。


 その末裔にしてと名高いルヴィオラは、女性らしい脂肪に包まれた五体に並ならぬ膂力を宿すのみに限らず、その気になれば目にした全てものにかかる“力の流れ”を見る事ができる。


 ルヴィオラはその第六感とも言える恐るべき才覚によって力の流れを操り、大柄な男子を指の一本すら用いず投げてしまった。


 それは彼女にとっては些細な事。食べる為にナイフとフォークを手に取るかの如く当然に出来る事であり、そこにさしたる感動はない。


 だが彼女以外の人間にとってはそうではないのだ。ルヴィオラと男子生徒を囲っていた各々は、ルヴィオラの上半身がかと思えば、男子が突如として宙空を舞い、そして受け身もままならず地面へと墜落したようにしか見えなかったのだ。その心中はとても穏やかではいられない。



「き……汚ねぇぞ! いきなり魔法なんか使いやがって!!」



 未だ地面をのたうつ男子に代わり、また別の一人が乾く喉から搾り出した様に声を上げる。そう、彼の目にはルヴィオラの行いが、神秘である魔法にしか映らなかったのだ。


 身勝手な物言いだ。己れらは一人のか弱い女子をよってたかって慰み者にしようとしていた。にも関わらず、ルヴィオラの得体の知れぬ力を前にして汚いなどと謂れなき中傷を繰り出すのだから。


 そう言われて、ルヴィオラははじめて顔をしかめ、声を上げた一人へと視線を配る。その目に射竦められたその男子は、己れの喉から呼吸がもれ逃げ出すのを感じた。



「“力比べ”に魔法などは用いませんわ? それはいかにも邪道というもの。その様な事をしては、家族に笑われてしまいます」


「あ、あぁ?! 今のが魔法でなければなんだってんだよ?!」


「だから申し上げております通り……“力”にて。ですが……存外手応えがなく、残念です」



 ルヴィオラは至極残念そうに、眉を寄せてそう曰う。“力比べ”を申し込まれたというのに、たったので相手が立ち上がる事ができなくなってしまったのだから、彼女にとっては残念以外の何者でもなかったのだ。


 そして彼らはその言葉を明確な挑発と受け取った。


 彼らとて、今でこそ己を遥かに超える才を前に心折られ不良行為に身をやつしていても、本質は地元では持てはやされる程に明確な“力”を有する者共。そして同胞の一人が“手応えがなかった”などとそしられ、黙っているわけにはいかなかったのだ。


 ルヴィオラを囲む男子生徒たち四人は、吠える様に喚き、そして各々の腰に提げた剣を抜き放った。己れらは本来膂力に勝るオスであり、しかも手にした剣は刃引きこそされていても、本身と変わらぬ鋼で作られた重量ある凶器。それを女子であり、しかものルヴィオラに向けて尚、目の前の闖入者ちんにゅうしゃをタダでは済まさぬと決意したのだ。


 それを見たルヴィオラは僅かに目を丸くして、その後すぐに口許に弧を描かせた。



「あら、“打ち込み”でございますか? 遊びかと思っていましたが鍛錬の一環でしたの?」


「……遊びなわけ、ねぇだろうが! 舐めやがって、このメスガキがぁ!!」


「まあ、下品な物言いですこと。確かにわたくしは年下の女子ではございますし、鍛錬に割り入ってしまった事には瑕疵かしがございますが、その様に申されなくとも……」


「ふざけやがって!!」


「まったく、乱暴ですわね。……よろしいです、では」



 一際声を発し、激昂していたその男子が勢い任せに剣を振り上げ、そしてルヴィオラへと斬りかかった。


 大ぶりな上段からの一撃。当たりどころによっては怪我。それどころか死ぬ事すらあり得る、加減知らずの一閃。


 ルヴィオラは剣を振り上げた男子生徒のその姿を目にして口許の笑みを一層深いものにした。そして自然な動きで軽く足を前後に広げ半身の姿勢をとり、右腕のみを前方へ差し出すかのように緩く構える。



「楽しみましょう?」



 ルヴィオラの膂力、つまるところ筋肉が常人のそれとは別物であるということについては、今さっき投げられた男子生徒を見たならば疑問の余地はないだろう。


 そして彼女の身に宿る力において最も驚異的なものの一つは“眼筋”の働きだ。彼女の強力な眼筋と伴う神経がもたらす“動体視力”は、その黄金色の瞳で捉えた獲物を見失うことは無い。


 その動体視力を以ってすれば、熟達した剣士ならばともかく、未だ発展途上の生半な男子の一撃などは止まって見える様であり、そして彼女の反射神経及び各種の筋肉はそれに容易く応じるだけの能力を有している。


 この時もルヴィオラは、振りかざされる剣を目で捉え、構えた右手を薙ぐ様に払い……そして手の甲で剣を横腹から叩き、圧し折った。



「……は?」


「気迫は上々。踏み込みのは好し。ですが……それで敵うのは、同程度の相手に限られましてよ?」



 ハーティア流格闘術、かわしが三、啄木鳥崩し。


 ハーティア家始祖であり救国の士が一人である“無限のリンゼル”。彼が得手とした格闘術の一つであり、切り掛かってくる相手の剣を引きつけ、直前で安全な剣の腹を叩く事で逸らし、生じた隙に肘や拳を叩き込む絶技。啄木鳥が樹の腹を叩いて穴を穿つが如く、剣を叩いて逸らし致命の隙間を抉じ開ける術理から命名された。


 本来ならあくまで相手の剣を逸らし、その一連の動きの中で相手の急所に一撃を加える術技である。だが、ハーティア家最高傑作であるルヴィオラの手にかかれば、敵対者の剣を叩き折り、命を奪う事なく無力化を図る事ができるのだ。これを防ぐこと能うのは余程の達人か、あるいは魔剣に類する武具のみである。


 しかしこれもやはり、彼女を囲う彼らの目にはまともなものには映らない。彼らが視認できたのはルヴィオラの手が一瞬掻き消え、次の瞬間に切り掛かった筈の男子の剣が中程から姿を消している光景のみ。


 そして切り掛かった当の本人は、己の手にする得物が、もはやただの棒きれと化した事に愕然とするしかなかった。



「……な、何をしやがった」


「何とは。打ち込んで来られましたので、応じたまでですわ?」


「き……汚ねぇぞ! やっぱり魔法じゃねえか、こんな、剣が折れるわけ!」



 重ね重ね、彼が手にしていたのは、刃引きされ切れ味こそなまくらなだけで、正真正銘鋭い光を返す鋼の剣なのだ。それを目の前の少女は腕の一振りにより無価値な鉄塊へと変じさせてしまった。


 ルヴィオラによる魔法の類としか思えぬ常識外の術技に、理解の及ばぬ男子生徒は喚くことしか出来ない。そうされてしまえば、ルヴィオラはため息をついて、やはり彼を残念そうな目で眺めた。



「魔法ではないと申し上げておりますのに。……あなた方とはどうやら、相容れぬ様ですわね?」


「相容れぬぅ?!」


「“お友だち”にはなれそうもないということですわ。残念です」



 そう。ルヴィオラは、未来溢れる若者が力のみを頼りに立身出世を志す英傑学園に、ただ“お友だち”を求めて来ていたのだ。共に時を過ごし、共に研鑽を重ねられる、その様な存在を探しに。


 彼女にとってはこの場に臨んだのも同様の理由。自身に剣を向ける彼らと、背後にいる優しい少女が何かの“遊び”に興じるならば、混ぜて貰う事で“お友だち”になれるのではないかと考えたのだ。……無論、その場にいるルヴィオラ以外の人間には、その様な“遊び”の意図などなかったわけだが。


 この期に及んで友だちなどとは、屈辱的な挑発だ。そう受け取ったを手にする男子生徒は、顔を赤々と染め上げて吠えた。



「……“バケモノ”がぁっ! テメェら! ぼけっとしてんじゃねぇ!!」



 そうした声を上げた後、諦めなかったその姿勢には一目を置く価値があったのかもしれない。


 だが、それまでだった。


 棒を握りしめ殴りかかってきた男子。かわしの一、蛇固めにて容易にいなされ返り討ち、肩関節脱臼、胸骨及び第五、第六肋骨骨折。


 ルヴィオラの顔へ突きを放った男子。その一突きをくぐり抜けられた上、生じた隙に掌底を受け脳震盪を起こし、顎関節脱臼、頚椎捻挫。


 横薙ぎの一閃を振るった男子。ルヴィオラの細い二指による白刃取りにて虚をつかれ、肘の一撃により第八から第十一肋骨骨折。


 最後、上段から振り下ろしに臨んだ男子。再び“啄木鳥崩し”にて剣を叩き折られ、放たれた中段蹴りを受け、上腕骨及び第四から第六肋骨骨折。


 ……ものの数十秒とかからず、その場に立つのはルヴィオラただ一人となってしまった。


 その光景を見てもルヴィオラは、。ハーティア家において鍛錬中の怪我などは日常茶飯事。むしろ、鍛錬や実戦にて傷を負う事はある種の誉れとして捉えており、ルヴィオラ自身も幾度となく地に伏してきた経験があるからだ。


 だから彼女は、彼らのうち誰がいち早く立ち上がるのかと期待し……結局、誰一人として立ち上がる気配のない男子たちを睥睨しては、もう鍛錬は終わりなのかと少しだけ寂しく思った。


 ……そして一人、残っている少女の事を思い出した。

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