先輩がいなくなってから、あの笑顔を誰かの中に見つけた。
Miura_
【プロローグ】
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プロローグ ——ミオ先輩の最後の日
夕暮れの空は淡い藤色に染まり、まるで消えかけた微笑みのようだった。
春風がそっと吹き抜け、校庭の桜の香りを運んでくる。
あの日のことを、今でもはっきりと覚えている。
——あたし、野守ナキが、ずっと胸の奥に閉じ込めていた言葉をやっと口にした日を。
「先輩……伝えたいことがあるんです」
震える声でそう言うと、ミオ先輩はいつものように柔らかく笑った。
その笑顔は、世界を優しく照らす光のようだった。
「あら、どうしたの?」
穏やかな声。
胸の鼓動が速くなる。
放課後の屋上——ふたりだけの場所。
夕風が吹くたび、先輩の長い髪が静かに揺れた。
深く息を吸い込み、あたしは言った。
「わたし……ずっと先輩のことが好きでした」
その瞬間、時間が止まったように感じた。
ミオ先輩は少し黙ったあと、微笑みを浮かべる。
その笑顔は、いつもと同じように優しくて——けれど、どこか寂しげだった。
「……あたしも、ナキのことが好きよ」
心臓が跳ねた。けれど、同時に胸の奥がきゅっと痛んだ。
きっと、先輩の“好き”は、あたしの“好き”とは違う。
それでも、あたしは笑った。
この笑顔を、ずっと覚えていたいと思った。
***
卒業の日。
空は晴れていた。まるで別れを祝福するように。
あたしは朝早く登校した。どうしても先輩に会いたかった。
でも、ミオ先輩はどこにもいなかった。
教室にも、部室にも——もう、どこにも。
そして、その日の午前。
耳に届いた言葉が、世界を止めた。
『ミナセ・ミオが今朝、亡くなったそうだ』
冷たい風が胸を貫いた。
息ができなかった。
涙も出なかった。
ただ、陽の光がやけに遠く感じた。
***
葬儀の日。
空は灰色で、細い雨が静かに降っていた。
手に白い花を持って、あたしは重い足取りで式場へ向かった。
そこに、ミオ先輩の家族がいた。
彼女の姉が近づいてきて、優しく微笑む。
「あなたがナキちゃんね?」
あたしは小さくうなずく。
「ミオがね……あなたに渡してほしいって言ってたの」
彼女は青いリボンで結ばれた白い封筒を差し出した。
「亡くなる数日前に書いてたみたい」
手が震える。
その封筒は、まだ少しだけ温もりを残していた。
***
その夜、部屋の灯りの下で封を切った。
外はまだ雨。窓を叩く音が優しく響く。
中には、ミオ先輩のきれいな字で書かれた手紙があった。
> 「ナキへ」
病気のこと、黙っていてごめんなさい。
心配をかけたくなかったの。
あなたには、いつも笑っていてほしかった。
あなたが教室に来るたびに、わたしは嬉しかった。
バレーの話をするときのあなたの顔が大好きだった。
一緒に走れなくても、心だけはいつも隣にいたのよ。
あなたが『好き』と言ってくれたとき、わたしは泣いた。
うれしくて、苦しくて——でも、幸せだった。
わたしもね、ナキのことが好き。
もしかしたら同じ意味ではないかもしれないけれど、
それでも心からそう思ってる。
どうか笑って生きて。
バレーも、夢も、やめないで。
そしていつか——
誰かにまた温かさを感じたとき、怖がらないで話しかけて。
そのとき、わたしは空の上から一緒に笑っているから。
「生きてくれてありがとう、ナキ」
——ミオ
涙がぽたりと落ち、最後の文字をにじませた。
あたしはそっと手紙を閉じた。
窓の外では、まだ優しい雨が降り続いていた。
その音が、まるで先輩の声のように聞こえた。
その夜、あたしは誓った。
——もう泣かない。
でも、心のどこかで分かっていた。
わたしの一部は、いつまでもあの人と一緒にいるのだと。
***
春が来た。
ミオ先輩のいない春が。
それ以来、あたしはよく屋上に登るようになった。
空を探すためじゃない。
まだ見ぬ静けさの中に、少しだけ彼女の気配を探すために——。
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