第2話 優斗は進路に悩む

 高校三年生の谷川優斗は、幼稚園児のときから、真庵によく天ぷらを買いに来ていた。その頃は母親に連れられて来ただけだったが、小学二年生のときには、一人でお使いに来るようになっていた。

 優斗が小学二年生のとき、母親が子宮ガンで入院したからだった。その後、母親は入退院を繰り返し、優斗が小学校六年生の春に亡くなった。優斗はすでに覚悟ができていたからか、それともあまりにショックが大きかったからか、泣くことはなかった。

 高校生になった優斗は、近くの公立高校に通った。中学生の頃は不登校で内申点は低かったのだが、本だけはジャンルを問わず読んでいたせいか、地区では下から二番人気の公立高校に滑り込むことができた。

 優斗は近頃、マーちゃんが不自然に痩せたような気がして、心配でしかたなかった。それはマーちゃんが肺ガンの告知を受けるよりも前のことだったので、普通の人なら気付かないほどだったのだが、優斗は母親をガンで亡くしていたので、敏感に気づいたのだった。

「マーちゃん、最近、少し痩せた?」

「嬉しいねえ。優斗もお世辞を言える年になったんだね」

「ダイエットでもしてるの」

「そんなことあるもんか。毎日、何でも美味しくいただくのが、私の健康法だよ。はい、さつまいもの天ぷら、一つおまけしといたよ」

 そう言ってマーちゃんは笑った。優斗は、元気そうなマーちゃんを見て、とりあえず安心したものの、やはり心の中のどこかで気になっていた。

 次に真庵に行ったとき、優斗は我知らず、じっとマーちゃんの頬や顎の辺りを見つめていた。痩せたように見えるのが自分の勘違いなのかどうか、無意識のうちに確かめようとしていたのだった。

「どうした。顔に何か付いてるかい」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考えごと」

 優斗は慌てて誤魔化した。声がうわずった。

「そうかい。優斗も高校三年生だもんねえ。いろいろ考えることがあるよね」

「うーん」

 優斗は唸った。確かに、それはその通りだったのだ。実際、「考えること」を通り越して、「悩み事」になっていた。優斗は、先日の進路面談の記憶が蘇った。

 優斗が通う高校では、学年の半数程度が四年生大学に進学した。その他の生徒は短大や専門学校に進み、一割程度の生徒は就職した。優斗の成績は可もなく不可もなくといった状況だったが、父親の勧めもあって、地元の私立大学に進学するつもりだった。だがクラス担任は、東京か関西圏の私立大学への進学を勧めてきたのだった。

「もったいない気がするんだよなあ」

 担任の教師は、色刷りになった模試の結果をいくつか見比べながら言った。

「どういうことですか」

「前にいた高校が進学校だったからわかるんだけど、谷川は、そこの生徒と同じ匂いがするんだよなあ。でも、今の成績自体は別よ。おまえ勉強やってないから。だから、国立は厳しいんだけど、都会の私立大学が谷川には向いていると思うぞ」

「無理ですよ」

 優斗は吹き出しそうになった。

「この模試を見てみろ」担任は模試の結果を広げた。「現代文だけ飛び抜けてるだろ。でも、古文はひどいし、英語は偏差値三〇台。どんだけ、勉強やってないんだよ。でも、こういう生徒はやれば伸びるんだ」

 そう担任に詰め寄られて、優斗はのけぞった──。

「──はい、これ。今日の小鰯の天ぷらは、特に美味しいよ」

「え、小鰯?」

「ちょっと、どうしたんだい。ボーッとして。やだ、本当に悩んでるんだね」

「あ、ごめん、ごめん」

 優斗は我に返って、頭を掻いた。

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