シーフ②

 やって来ました初ダンジョン。

 近くの森は採取地であって、ダンジョンって感じじゃないからね。

 やっぱり塔とか地下迷宮とか、そういうのがダンジョンでしょう!(個人の感想です)

 ダニエルさんイチオシのダンジョンはなんと町の中に入り口があった。

 町外れの建物に地下へ降りる階段が。


「ここ入っていいんですか? 私有地なのでは?」

「元々は個人の住宅だったんだけど、地下にダンジョンがあることがわかってね。町に寄贈されて、今では公有地だよ。危険度が低いから一般公開されてて立ち入り自由なんだ」


 なるほど、それなら安心かな。


 重たい金属製の扉を開けて、狭い石段を降りていく。

 遊びに来る人が多いのか、ゴミもなく綺麗に整備されている。

 照明が完備されてほんのり明るい。

 壁の高い所に等間隔で光る石が取りつけられているようだ。

 日本で言ったらトンネルみたいな感じだな。

 足音が反響する感じもトンネルに似ている。


「今の季節は入る人も少ないけど、真夏には結構賑わうんだよ。涼しいからね」

「鍾乳洞とか年中気温が一定だって言いますよね」

「そうそう、そういうこと。鍾乳洞みたいな天然の洞窟と違って人工的なダンジョンだけど、地下にあるって点では同じだよ」

「人工的? このダンジョンは人が作った物なんですか?」

「ある意味ではね。このダンジョン、古代の都市の一部が変化したものなんだよ」

「つまり古代遺跡ですか?」

「うーん、遺跡と言えば遺跡なんだけど、君がイメージするものとは少し違うかもしれないな。ほら、あれ何だか分かるかい?」


 ダニエルさんが指差す先には。


「……入場ゲート?」


 カラフルな巨大看板とアーチ、花や動物のイラストで彩られた柱、その近くに駅の改札みたいな、いかにも人が通るためみたいな可動式っぽい低い柵があり、チケット売ってそうな窓口がある。

 もちろん全部無人の廃墟だけど。

 あちこち風化して年月を感じさせてはいるけど。

 でもその配置、そのデザインはあまりにも見覚えが有りすぎた。

 楽しげな音楽が流れていたり、人気アトラクションに行列が出来ていたりしたら完璧。

 ここは、まさかのあれですか?


「古代の総合レジャー施設だね。ネズミもいるよ」


 ダニエルさんはキラキラの笑顔でそう言った。

 やっぱり異世界版遊園地!

 ていうかネズミがいるの?


「直立二足歩行で手袋した頭の黒い大きなネズミですか?」

「それとはちょっと違うかなぁ」


 違うのか。


「じゃあお姫様のいるお城とかも」

「ないない。海賊船もないよ」


 ちっ、つまらん。


「そのネズミが今回の討伐目標なんだ。二足歩行じゃないし、手袋もしてないけど、それなりに面白いと思うよ。何と言っても」


 ……出るよ、宝箱。


 そこだけダニエルさんの声が密やかに闇に溶けるように聞こえた。



 出るよ、宝箱。

 そんなこと言われちゃったら行くしかない。

 なので来ました、ネズミ出現エリア。


 途中にショップエリアらしき物(廃墟。商品何もなし)や、鏡の迷路だったかもしれない物(廃墟。鏡が無くなっててただの迷路)や、観覧車っぽい物(風化してホイールしか残ってない)や、絶叫マシンであって欲しい物(同じくレールしか残ってない)があったけど、寄り道なし。

 この辺りは廃墟ばかりで、めぼしい物は何もないらしい。

 ダニエルさんの解説を聞きながらサクサク進む。


「この遊園地がまともに稼働していた頃、つまり古代魔法王国が繁栄を極めていた頃だけど、ありとあらゆる施設は自動制御されていたんだ。工場も、農園も、レジャー施設もね」

「自動制御。AIみたいなものですか?」

「そうだね、前世で言う人工知能に近いものが様々な施設を管理運営していたんだ。人間が一切働かなくてもいいくらいにね」

「人が馬鹿になりそうですね」

「そうだね、苦労する必要がないんだから、物事を深く考えなくなる人は多かっただろうね。その一方で思索や研究に没頭する人もいただろう。地球の古代ローマと似てるかな。労働を奴隷に任せて、貴族は遊興に耽ったり、逆に学問や芸術に熱中したりした」

「あー、よく知らないんですけど、アリストテレスとかアルキメデスとかですか?」

「それは古代ギリシャ人だけどね。まあ大きく外してはいないかな。こっちの古代王国人は魔法の研究に熱中したらしいね。色んな遺跡にその痕跡が見て取れるよ」

「遺跡ですか。エバちゃんから少し聞きましたけど。スペルライターとか」

「神殿が管理してるやつだね。あれも凄いけど、僕は魔力があまり高くないからね。魔法には頼らず、指先の技術で生きていくことにしてるんだ」

「鍵開けとかですか?」

「そういうこと。さて、着いたよアーウィンくん。この扉の向こうがネズミ出現エリア、通称『子猫円舞曲キトンワルツ』さ」



 『子猫円舞曲キトンワルツ』はバレーボールコートくらいの広さの円形の部屋だった。

 その名の通り、扉の中に入ると、軽快な音楽が流れ出し、壁に描かれた絵がクルクルと踊り出す。

 動力がまだ生きているらしい。

 だが、どことなく音の調子が外れているような?

 壁画の踊りもギクシャクしているような?


「ここを管理している精霊……地球で言うAIに相当する存在なんだけど、その精霊がね、『魔物大発生』で地上の魔力が乱れまくった時に、バグってしまったようなんだ」

「バグった?」

「そうとしか言いようがないね。人を楽しませるアトラクションのはずが、魔物に人を襲わせるダンジョンになってしまったんだから」


 ザワッと背中に嫌な冷たさを感じた。

 魔物に人を襲わせるって。


「えーと、ここって危険度低いんでしたよね?」

「そうだよ。普通に見て歩く分には何の危険もない。わざわざ魔物が出る部屋に踏み入らない限りは」


 ダニエルさんは壁際を歩いていき、ネコのレリーフの前で止まった。


「大昔はちょっと面白い射的みたいなゲームだったらしいよ。壁のあちこちから飛び出す標的を魔法で撃ち抜いて遊ぶのさ。上手く落とせたら景品がもらえる。だけど今はバグっちゃってねえ。景品も大概変な物だし、飛び出す標的ときたら……こんな感じ」


 ダニエルさんがネコのレリーフをグイッと押した。

 それがスイッチだったのだろう。

 いきなり壁に無数の穴が開いた。

 そこから飛び出てくるネズミ、ネズミ、ネズミ……ネズミの大群だ!!


「数が多すぎるんですけど!?」


 百匹くらいいるよ!?

 しかも可愛くない系の、獰猛そうなドブネズミっぽいのが!


「本来一匹ずつ出すところを、管理精霊がバグってるから一度に大量に放流しちゃうんだよね。大丈夫、一匹一匹は弱いから、棒で叩けばすぐ倒せるよ」

「そんなこと言われても!」


 ネズミで足の踏み場もない。

 チョロチョロ走り回るのでスライムよりやりにくい!

 こら、俺に触るな!

 こっちに来るんじゃない!


「生身のネズミじゃないから大丈夫。病気とか持ってないよ。管理精霊が生み出してる魔物で、単なる魔力の塊なんだ。倒せば自然に消えて魔石だけ残るよ。運が良ければ宝箱もドロップするから頑張って」

「頑張ってと言われても!」


 小さいのがウジャウジャいて気持ち悪いんですけど!

 うわあ、脚を登って来たあ!

 ネズミに齧られるぅー!

 たすけてー!

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