クレリック①
記念すべき初仕事。
町を出るのに、門番に冒険者証を提示するとか、通行料の説明を受けるとかのテンプレは一切スキップされた。
「新人か?」
「新人です」
たったそれだけのやり取りで、親指立てて送り出されてしまう、あんたも私も転生者な世界。
分かり合えてて話が早いが、「これじゃない」感もなくはない。
なんというか、もっとこう、転生して初めて門番と交わす会話って他にあるんじゃないかと。
「転生者じゃない人っていないんですか?」
門番とか宿屋の女将とかってNPCじゃないの?
いや、ゲームじゃないのは分かっているけど、転生者の事情を知らない現地の人っていうのが存在するはずなのでは?
「ごくわずかにですが、いますよ。転生者を両親に持つ現地生まれの人ですとか、古代人の末裔ですとか」
「ごくわずか、なんですか」
「ええ、総人口の1%未満ですね。転生者が圧倒的多数を占めています」
「本当に転生者のための世界なんですね……」
自分の中の常識がガラガラと音を立てて崩れていく。
非転生者が1%未満て。
世界総人口の99%が転生者、それってもう異世界と言えないのでは?
ほぼ第二の地球状態。
「転生者のための世界のように思われがちですが、成り立ちは逆なのですよ」
「逆?」
「転生者のためにこの世界が作られたのではない、この世界のために転生者が集められたのです」
グレアムさんは歩きながらこの世界の創世神話を語った。
その内容は次のようなものだった。
※
遠い昔、この世界は高度な文明を築いていた。
だがある時、その文明は終焉を迎える。
高度な魔法技術に頼った人類は生物種として弱体化し、繁殖力を著しく低下させていた。
人口減少に歯止めをかけるべく決行された魔法実験が大失敗、暴走した魔力は地上を魔界に変貌させた。
魔物が溢れる大地にわずかに残された廃墟で、生き残った人々は神に祈った。
助けを、と。
※
「要するに、少子化に悩んだ末に環境まで破壊しちゃったんですね?」
「そう表現すると、地球と少し似た所があるかもしれませんね」
「助けを求められた神様も困ったでしょうね」
「めちゃくちゃ困ったみたいですよ。激減した上に文明崩壊しちゃった種族をどうすれば魔物から守れるか。出した答えが『よそから助っ人を呼べばいいじゃない』ですよ」
「そんな軽い感じだったんですか?」
「そんな感じだったんです。そこで地球からの転生者です。頼まれなくても魔物と戦いたがり、自分から剣の腕を磨いたり、喜んで魔法を覚えたりするクレイジーな奴らです」
「そこまで言わんでも」
「実際、それで成果を上げたのですから、神様の英断だったと言えるでしょう。転生者たちによって、古代人の末裔は手厚く保護されました。魔物との戦いを屈強な転生者に任せ、貧弱な彼らはポーションや魔道具を作れば良くなったのです。やがて物作りしたがる転生者も増え、それすらしなくて良くなりました」
「じゃ、今彼ら何やってんですか?」
「さあ、何やってんでしょうね」
グレアムさんは意味ありげに笑うだけだった。
「着きましたよ。薬草採取しましょう」
薬草採取ポイント、『近くの森』。
それは俺のイメージでは某錬金術ゲームにおける最初の採取地である。
日帰りできて、見た目栗なんだけど栗じゃない物が採れて、日食の日にはレアなキノコが採れる場所。
だけどこの世界の『近くの森』は何かが少し違っていた。
「グレアムさん」
「なんでしょう」
「俺、森って針葉樹がたくさん生えてるイメージだったんですけど」
「ああ、わかりますよ。ヨーロッパの森林のイメージですね」
「だけどこの森」
「似ても似つかないですよね」
近くの森は桜の森だった。
どこもかしこもピンク、ピンク、ピンク、たまに白。
花見会場じゃないんだから。
「なんでこんなに桜だらけなんですか」
「一説によると古代の女王にサクランボが大好物な人がいたらしいです。その女王が魔法使いに桜を品種改良させて、味の良い実がたくさん実って、なおかつ丈夫で枯れにくい桜を作らせたそうです」
「だからって森の樹がほとんど全部桜だなんて」
「考えてみて下さい。たくさんのサクランボが実るんです。たくさんの種が出来るんです。そして生えたら枯れないんです」
「まさか」
「雨後のタケノコのように増殖したそうです。野生動物が種を運ぶのですから。事態に気づいた時にはすでに手遅れ。他の樹木を駆逐して、一時は大陸中の野山がピンク色に染まったそうです。当時の人は駆除に苦労したでしょうね。今でも定期的に伐採して広がるのを防いでいるんですよ」
「セイタカアワダチソウか!」
「似たようなものですね。まあ程よく生えてる分には悪くありません。初夏にはサクランボが食べられますし。無料で取り放題ですよ」
「はあ。サクランボ食べ放題ですか」
それって嬉しいんだろうか。
バケツ山盛りのサクランボを思い描いてみた。
そんなに要らない、食べきれない。
「こっちの世界では貧乏人のフルーツと呼ばれています。地球では高級品でしたけどね。あ、ほら、あれが薬草ですよ」
桜の木の回りに下草が生えている。
その中で一際目立つ草があった。
「ヒマワリに見えるんですけど」
「見えますねえ、ヒマワリに。でもあれが薬草なんですよ」
グレアムさんはニコニコ笑いながらヒマワリ薬草の茎をポキリと折った。
「見た目はヒマワリですが、タンポポのような多年草です。根っこを残しておけばまた生えます。薬として用いられるのは、花のここの所です」
「はあ、つまり花の真ん中辺だけですか。葉っぱや茎は要らないんですか」
「大きく伸びる前の若くて柔らかい葉は採取対象です。具体的には高さ15センチまでの物ですね」
若い芽を採るのか。
ワラビやゼンマイ、アスパラガスなどに近い扱いなのだろうか。
「種ができる前の花も買い取り対象です。花びらが染料になるのですよ」
紅花みたいなものだろうか。
それはともかく。
「季節感狂うんですが……」
今は春なのか、夏なのか?
「こいつら一年を通していつでも咲いていますから、季節感なんか微塵もないですよ」
グレアムさんはアハハと笑った。
俺も笑った。
笑うしかなかった。
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