冒険者ギルド①

 死んだ後、神様に出会って、転生を望んだ。

 そして今ここにいる。

 剣と魔法の異世界に。



 やったね、異世界転生だ!

 転生と言っても赤ちゃんからスタートではなく、適当な年齢で初めていいと神様が言ったから、15歳にした。

 武器防具が人並みに装備できて、尚且つ成長期が終わってないので、身体能力であれ精神力であれグングン伸びそうな年齢だ。

 チート能力はもらえなかったけど『会話や読み書きは不自由しない』と神様が言っていた。

 楽しみだなあ、異世界。

 あ、でも調子に乗りすぎるとよくないかも。

 転生者だと知られないようにしよう。

 最初は冒険者としてコツコツ働いて、地道に力をつけて……。


 そんな風にこれからの計画を立てて、俺は冒険者ギルドの門をくぐった。



「あんた元日本人でしょ」


 カウンターの向こう側にいた若い女性から、いきなりそう指摘されてギクッとした。

 なんでバレた?

 冒険者ギルドのカウンター前に立ち止まっただけなのに。

 悪い人に目をつけられないように、目立たず、周囲に紛れるように、服装も立ち居振る舞いも気をつけていたはずだ。

 一目で見抜かれるなんて……もしや『鑑定』スキル持ち?


「今、鑑定スキル疑ったでしょ」

「なぜそれを!」

「言っとくけど鑑定も読心も持ってないからね」


 若い女性……少女と大人の中間くらいの見た目年齢のその人、冒険者ギルドの受付嬢は皮肉な笑みを浮かべた。


「そんなスキルなんか無くたって見ればわかるのよ。肉体年齢15歳前後、目立たないつもりの顔、目立たないつもりの服装、目立つ持ち物無し。最初の一声が『冒険者登録お願いします』。日本人転生者の典型だわ」

「転生者を知ってるんですか!?」


 知られてはならない秘密が、異世界転生第一歩から知られてしまっている!

 ていうか典型とか言うからには多数いるのか?

 日本人とか言うからには別の国の転生者もいると?

 どんだけいるの転生者!


 うろたえる俺に背後から声がかかった。


「俺も転生者だ」

「私も転生者よ」

「僕もだよ」

「うちもやで」

「自分もです」


 振り向くと、酒場のテーブルにいる冒険者達がニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。

 ベテランぽい風格のあるゴツい戦士が代表するように言った。


「金もコネもない転生者は必ず冒険者ギルドから人生始めようとするからな。歓迎するぜ、新入り」

「……てことはそこにいる皆さん全員転生者? え、俺だけじゃなかった。ていうかそんなにザラにいるの!? 冒険者ギルドで石をぶつけたら転生者に当たる!?」

「チッチッチッ」


 戦士は小粋に指を振った。


「『冒険者ギルドで』じゃない、『世界で』だ」

「は?」

「この世界の人間、誰も彼も皆、転生者なのさ」

「はああ〜〜〜???」


 絶句した。


「こういうの飽きたわぁ。もっとこっちの予想を上回るような意外性のある魅力的な人に来て欲しいわ~」


 絶句する俺を受付嬢が白けた目で見ていた。



 こういうの飽きたわぁ〜の受付嬢はそれでも仕事はしてくれた。


「前科あるわけないけど一応ね。こういうのやりたいんでしょ」


 と魔法のプレートに手をかざしての罪科チェックからの冒険者登録。

 確かにやりたいですけど、そう投げやりに言われるとテンション下がるというか醍醐味が半減するというか。


「はい、冒険者カード。ビギナーはこの白いカードね。裏に署名してね。指紋認証式だから指なくさないでね。指生やすと指紋が変わるからカード作り直しになるのよ。面倒だから指なくさないようにね」


 と言われながら受け取った冒険者カード。

 普通、カードなくしたら再発行だからカードなくすなって注意するのでは?

 なぜ指?

 なくしても生やせるらしいのは朗報だけど。

 そこは冒険者の安全を祈るべきでは?

 カードを持った手の指が薄ら寒かった。


 なんだかんだで俺は受付嬢からみっちりとレクチャーを受けた。

 転生を望んだ人は大体皆この世界に送られてくること。

 特別に指定しなかったら、無一文で衣服と靴だけ身に着けて、身寄りのない10代男女として出現すること。

 そういう人は大体皆同じことを考えて冒険者ギルドに登録しにくること。

 冒険者稼業で生きていくことは可能だが、さほど儲かる仕事ではないこと。


「大体知識チートみたいなことは既に誰かにやられちゃってるからね。よほどニッチな新技術持ち込まない限り、経済ジャンルでも工業ジャンルでも頭角現すのは難しいわよ。あんた何か特殊技能ある?」

「えーと、ITパスポートとか基本情報技術者とか」

「うん、使えないね。パソコンないから」

「あと運転免許。マニュアル車運転できます」

「うん、自動車もないのよね。自動車を部品から作れるっていうなら話は別だけどね」

「……作れないです」

「皆そんなもんよ。塗装は出来るけど塗料の作り方はわからない。素材から作れるような人はどういう訳か、この世界には来ないのよ。出来ない人ばっか来るのよ」


 俺、役立たず……?

 横から冒険者が口を挟む。


「皆同じだから気にするなよー」

「そうそう、俺らも皆そう」

「前世の技能が一番役に立つの美容師でしょ。あいつら櫛とハサミがあれば働ける」

「服飾も意外といけるってよ。裁断と縫製だけだと弱いけど、糸紡ぎと機織りができるなら」

「それ服飾というより手芸でしょ。でも確かに布作るのムズいから、編み物とか出来る人は強い。機織り機の作り方知ってれば最強」

「調理師苦戦してるよね。設備足りないし食材が違うからね」

「農業も苦戦続きでしょ。森から腐葉土持ってきて畑にすき込んだら、何かの幼虫が大量発生して野菜が全部食われたらしいよ」

「それ技能じゃねーから。幼虫くらい混ぜる前に捕殺しとけよ。虫殺せない奴が農家名乗るな。あと『腐葉土は栄養いっぱい』とか言う奴、腐葉土は土で堆肥じゃねーよ」


 ドッと笑いが起きる。

 酒場から飛んだ野次(?)声援(?)でこの世界の現実がだんだんわかってきた。


「……俺、この世界でやってけますかね?」

「やってくしかないでしょ。死にたくなければ」

「……ですね」


 こうして俺の異世界生活は始まった。

 正体を隠す必要が微塵もない、どこにでもいる転生者の一人として。


 ……どこにでもい過ぎだろ、転生者!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る