①故障した"記憶"②交換条件を提示する子ども 57min

「スケ……タスケテ……」

 褐色に焼けた幼い少年が、砂浜で妙な声を聞いた。

 いや、声と呼べるかどうかも怪しい。まるで豪雨が森に打ち付けたかのような、雑音塗れの現象。

 少年はココナッツを抱えたまま、声の元へと駆け寄る。

 すると見慣れない五十センチほどの金属の箱が、縦二メートルほどの穴の中でもがいているではないか。

「うわぁ! なんだこれ⁈」

「タスケテ……。キミ、ヒキアゲテ」

 えぇ、と口を尖らせるようにココナッツを脇に置くと、少年は取引を持ち掛ける。

「それじゃあ……僕のココナッツ集めを手伝ってくれたらいいよ。いつもはバディが居るんだけど、今日は熱が出て休んじゃってるんだ」

 少年はぽん、と成果である実を叩くと……じっと謎の箱を見つめる。

「ワカッタ。ココナッツ……テツダウ。ダカラ、タスケテ……」

 真っ赤な嘘である。

 この金属の箱は、前文明の終末戦争用に開発されたロボットである。その役割は『破壊』にあり、指定されたコードを受ければ敵の心臓部に突撃し、直ちに自爆する。

 要は、言語が通じても話が通じる相手ではないということ。

 そうとも知らず、少年はどこからか持ち寄った長い木の枝を穴に差し入れる。

「ほら、上ってきなよ。自分で行けるでしょ?」

「アリガトウ……。サヨナラ……」

 地上に這い上がる直前、ロボットが指を無防備な少年の背に向ける。

 指に青白い閃光が集約し、今まさに少年の後頭部を吹き飛ばさんとした刹那———

「ワン!」

 犬が、後ろ足でロボットに砂を掛け始めた。

「こら、タロウ! はあ……イタズラ禁止!」

 ごめんね、とココナッツを拾い上げて少年が振り向くと……「エラー。ツマリ。ウテマセン」と硬直したロボットが威圧的に佇んでいた。


「はーい、それじゃ君は下で実を受け取ってね」

 救出の対価は結局、少年がヤシの木に登ってココナッツを刈り、ロボットが下でそれを受け止めるという形で決着した。

 無論、少年は十メートルを優に超すヤシの木に登りたくなどない。

 しかしロボットが「ワタシ、サビデ、ノボレナイ」と駄々をこねたため……渋々登り役を引き受けることになった。

 真っ赤な嘘である。

 ロボットは故障した指を唾棄するかのように右腕ごと取り外すと、そこからマチェーテのような刃渡り五十センチの刃物を構える。

 そうして、頭上で熱心にココナッツを刈り取る少年を嘲笑うように……ヤシの木を切断せんとマチェーテを振り上げた瞬間。

「コロ……ガガガガガガ‼」

「あっ、ごめん! 落としちゃった。あいつ頑丈そうだけど大丈夫かな……」

 果汁のたっぷり詰まった実がロボットの脳天に直撃する。

 そうして口から白煙を上げつつもロボットは立ち上がると……それからは嘘のように従順に少年の仕事をサポートし続けた。

「今日はありがとう。おかげで綺麗な実がたくさん獲れたよ」

「スケ……タスケル……」

「へへ。村に帰ったらみんなびっくりするだろうな。犬みたいに可愛くて、兄貴みたいに頼りになる生き物がいるっていったらどんな顔するんだろう」

 そうしてロボットと少年は砂浜を離れ、村の集落へと帰って行った。

 

 こうして村のマスコットとなったロボットが数億年後、数奇な愛玩ペットとして歴史にエラーを刻むのは別のお話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る