第11話 猫獣人の美少女・ティガ

しばらくオークたちが出ていったドアを見つめていると、背後から声がかかった。


「アンタ、見かけによらず強いんだな」


俺が振り向くと、獣人の少女が胸を隠したまま感動したような目でコッチを見ている。


「俺が強いっていうより、技が優れているんだよ。それより着る物はないのか?」


俺は周囲を探した。

だが彼女が着ていたらしいシャツはビリビリに引き裂かれていて、もう衣服としての役には立たない。


「ちっくしょう、アイツラ。Tシャツだって中々手に入らないのに……」


彼女は床に散らばっている多数の布切れを見つめて、悔しそうにそう言った。

俺は自分が着ていたシャツを脱ぐと、彼女に差し出した。


「とりあえずその恰好じゃ自分の監房に帰る事も出来ないだろ。これを着ろよ」


少女は俺のシャツを受け取ると背を向けて着はじめた。


「アンタはいいのか?」


掃除に取り掛かろうとする俺に、少女が言った。


「俺は男だからな。上半身裸くらい、どうって事はない」


実際、上半身裸になっているヤツは多い。

オークやゴブリンなんて普段からパンツ一丁だ。


「アタイの名前はティガ。アンタの名前は?」


「ここではイヤーかな」


「ここではって事は、本当の名前は違うの?」


「俺は異界人だからな」


俺は千切れた彼女の服を集めて彼女に渡した。


「修復できるかどうかは分からないけど、とりあえず持っていけよ」


「色々とありがとう。この借りは必ず返すよ」


「別にそんな事は気にしなくていいよ。女の子が襲われていたら、助けるのは当たり前だろ」


するとティガは目を丸くした。

その様子に俺が「どうした?」と聞くと、ティガは千切れた服を抱きしめるようにして言った。


「だって……ここでそんな事を言うヤツはいないよ。初めて聞いた」


「そうなのか?」


「他人のトラブルには首を突っ込まない。それが鉄則だよ。まして女が襲われていたら……」


ティガの声が小さくなる。

その先は言わなくても分かる。


「まぁここは俺のいた世界とは常識が違うみたいだけど……とりあえずすぐには出ていかない方がいいかもな。まだ近くにオーク達がいるかもしれないから」


俺はモップを持って、浴室の床を磨き始めた。


「じゃあその間、アタイも掃除を手伝うよ」


そう言って彼女は掃除道具の中からタワシを取り出し、シャワー室の壁を掃除し始めた。


「ありがとう。助かるよ」


「これぐらい、アタイが助けてもらった事に比べれば、礼の内にも入らないって」


「ところでなんでアイツラに襲われていたんだ?」


見た所、彼女は十五歳くらいだろうか?

猫耳としっぽがある事以外、人間と変わらない。

おそらく戦闘能力も人間の少女よりは上、と言った程度だろう。

つまりオークに襲われるなら、もっと以前に襲われているはずだと思ったのだ。

その答えをティガは口にした。


「アイツラ、汚ぇんだ。タイガが戻って来れないって知って、急に態度を変えて来やがった」


「タイガ? それって『この刑務所では最強』って言われている、虎獣人のタイガってやつか?」


俺はアイから聞いた話を思い出した。

ティガが嬉しそうな顔をして俺を見る。


「そう! そのタイガだよ! アンタは最近入ったばかりの新入りだろ? よく知ってるな?」


「ルームメイトに聞いたからな。関わっちゃいけない人物の一人だって」


すると一点してティガの表情が不機嫌になった。


「それは違うよ。タイガは強いけどとっても優しいんだ。それに曲がった事は絶対にしない!」


ティガはそう言い切ったが、俺は思わず笑ってしまった。


「何がおかしいんだよ!」


「オマエが『曲がった事は絶対にしない』って言ったからさ」


「だって本当にそうなんだ!」


「それはおかしいだろ。ここは刑務所だぞ。何かしらの犯罪を犯したから、ここに入れられたんじゃないのか?」


ティガがふくれっ面のまま聞いて来た。


「じゃあアンタはどうなんだ? 犯罪なんて犯しそうにないタイプなのに、なんでココにいる?」


「俺は異界人だからだ。俺の世界からコッチに連れ込まれたと思ったら、問答無用でこの刑務所に送られた」


それを聞いたティガは悲しそうに俯いた。


「そうなんだ? アタイらも一緒だよ。獣人ってだけで、ちょっとした事で警察に掴まって刑務所にブチ込まれるんだ」


俺はこの世界の事を知らない。

その状況が語られたので興味を持った。


「獣人は差別されているって事か?」


「差別なんてもんじゃないよ! 政府の連中は獣人を絶滅させたいんだ。だから人間なら問題にならないような事でも、アタイら獣人は犯罪者にされるんだ」


ティガが興奮したように叫ぶ。


「ティガは何をして掴まったんだ?」


「何もしてないよ! アタイらの村を出て、近くの町に行ったら掴まった。『無許可不正外出』って言われてさ」


「無許可不正外出?」


「アタイら獣人は勝手に自分たちの村から出てはいけないんだ」


「それだけの理由で、この重犯罪者用刑務所に入れられたのか?」


流石にそれは意外だった。


「アタイは逃げようとしたんだ。だけど大勢の警官に捕まって押さえつけられて……そこを通りかかったのがタイガなんだ……」


ティガは悲しそうに俯く。


「タイガはアタイを助けるために警官相手に大暴れして……二人とも公務執行妨害と警官暴行罪、社会争乱罪で逮捕だよ。その結果、ここに連れて来られた」


「どうして政府はそんなに獣人を迫害するんだ?」


「そんなの決まってるよ。獣人が普通の人間よりも強いからさ。脅威と見なされるんだ。だから少しでも問題アリとされる獣人は、刑務所に隔離しておこうって腹さ」


(なるほど。俺たち異界人がこの刑務所に閉じ込められているのと同じ理由って訳か?)


俺は納得したので質問を変えた。


「ちなみにオマエはどうしてオークたちとトラブルになったんだ?」


「ここじゃあ女一人だと、色んなヤツラから狙われるよ。それに以前からアタイが気に入らなかったみたいなんだ。タイガがいる時は手が出せなかったけど、アタイ一人になってタイガも戻って来れないって噂が流れているから……」


「だとすると、これからもオマエは狙われるんじゃないのか?」


俺が心配して尋ねると、ティガは「ふん」と鼻を鳴らした。


「今回みたいな狭い所におびき出されなければ大丈夫さ。アタイの動きは素早いから。オークやトロールなんかには捕まらないよ」


そう強がっていたが、不安が表情に現れていた。

なんとなく、このまま放って置くのは寝覚めが悪いような気がする。


「なぁティガ。良かったら俺たちと一緒に行動しないか?」


ティガが驚きの目で俺を見た。


「え?」


「俺じゃあんまり役に立たないかもしれないけど、一人で行動するよりはいいだろ? とりあえず自由時間と食堂に行く時は、一緒にいれば少しはマシになるんじゃないか?」


「それはそうかもしれないけど……でもいいのか?」


ティガが上目遣いに確認するように言った。


「ああ、俺もルームメイトのアイも、グループには所属してないからな。問題はないだろ」


「でも……アタイが一緒だと迷惑がかかるかもしれないよ」


「多少のトラブルは承知の上だ。既に俺自身もトラブルを抱えているからな」


「サンキュー! イヤー!」


彼女はいきなり俺に飛びついて来た。

喉をゴロゴロと鳴らしている。

どうやら身体全身で気持ちを表現するタイプらしい。


「ちょっと、抱きつかなくてもいいよ。離れてくれ。掃除が出来ない」


俺は首に齧りついて来たティガの腕を解きながらそう言った。

それでもティガは明るい笑顔だ。

きっと兄貴分であるタイガが居なくなって、随分と心細い思いをしていたんだろう。


「じゃあその間さ、アタイはイヤーの仕事を手伝うよ!」


「ありがたいけど、給料は俺の分しか出ないぞ」


しかしティガは嬉しそうに言った。


「そんなの要らないって。アタイはタイガが残してくれた金があるから、金銭的には困ってないんだ」



掃除が終わり、俺はティガを連れて自分の監房に戻った。


「イヤー、なんでタイガの妹分なんか連れて来たんだ!」


ティガを見たアイが目を丸くする。


「彼女はいま一人なんだよ。女の子一人じゃこの刑務所は危ないんだろ? だからしばらく一緒にいようって俺から提案したんだ」


「馬鹿か。タイガの関係者なんて、この刑務所じゃ一番関わっちゃいけない人間なのに……」


アイがそう言って頭を抱える。


「そりゃタイガがこの刑務所で最強だからだろ。でもそのタイガが居ないんじゃ……」


「それだけじゃないんだよ」


そう言ってアイは俺を睨んだ。


「最強だったタイガが特別房に隔離された。それだけでパワーバランスが崩れる。色んなグループが動き出すに決まっている」


「だから彼女が危険なんだろ?」


「そもそもなぜタイガは特別房に移された? それは看守たちに特別な思惑があるからだ。だったらその関係者であるその娘も、看守に目を付けられるかもしれないだろ?」


俺は言葉に詰まった。

俺にはこの刑務所内の詳しい事情は分からない。

人間・ゴブリン・オークのグループ、それ以外にも狂暴なデミ・ヒューマン。

さらに魔女の看守に思惑があるのでは、確かにトラブルが起きる可能性は高いのだろう。


(でもそんな危険な状況に、こんな女の子を一人で放り出すなんて……)


横を見ると、ティガの耳が弱々しく垂れ下がっている。

それを見るとますます放ってはおけない気がした。


「彼女たち獣人は、俺たち異界人と同じ境遇なんだ。罪もないのに『危険性がある』というだけでこの刑務所に放り込まれている。そういう者同士が手を組むのは悪い事じゃないだろ」


するとティガが俺の腕を引っ張った。


「もういいよ、イヤー」


俺は再び彼女を見た。


「アイの言う通りだよ。アタイと一緒に居たってイヤーの得になる事は何もない。むしろ損しかないはずだ。無関係のアンタらに迷惑はかけられないよ」


「だけどティガ……」


「『一緒にいよう』って言ってくれただけで嬉しかったよ。こんなクソみたいな所でもアンタみたいなヤツがいるんだなって思えたし……」


そう言うとティガは「じゃあな」と言って立ち去ろうとした。

だがその腕を俺は掴んだ。


「待てよ、ティガ。オマエは危険な立場なんだろ? このまま放ってはおけない」


そして俺はアイを見た。


「聞いてくれ、アイ。彼女はさっきも、オークたちに大浴場で襲われそうになっていたんだ」


アイが目を細めた。


「オークに襲われたら女がどうなるかって、教えてくれたのはアイだろ。乱暴された上に喰われちまうかもしれないって」


アイが視線を逸らす。

どうやら説得が聞き始めているみたいだ。


「罪もないのに刑務所に入れられた女の子が、そんな目に合っていいはずがない。それに同じ事は明日にでも俺たちに起きるかもしれないんだ。だったらここは手を結ぶべきじゃないか? 一人一人は弱くても、みんなで力を合わせればトラブルだって乗り越えられるさ。そうじゃないか、アイ?」


しばらく黙っていたアイだったが、やがて「はぁ~」とタメ息を漏らした。


「わかったよ、イヤー。オマエの言う事にも一理ある。とりあえずティガとは一緒いよう」


俺はホッとした。


「良かったな、ティガ!」


ティガも嬉しそうに俺を見る。

そしてアイに目を向けると「ありがとう、アイ」と口にした。


「礼はいいよ。俺たちだって助けて貰う事があるかもしれないからな」


そう言った後でアイは俺に視線を向ける。


「オマエもそこまで言ったんだ。責任を持って彼女を守ってやれよ。いい加減な所で放り出すような真似はするな」


俺はアイのその言葉を意外な気持ちで聞いていた。

アイの基本的な行動方針は「人に関わらない事」だと思っていた。

そのアイが「守ってやれ、放り出すような真似はするな」とは、どういう心境の変化だろう?

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