第5話
バトルの終盤、スラロームを抜けた直後――二台のマシンが伸びるストレートへ飛び出す瞬間、その攻防はリアルタイムで配信されていた。
ドローンカメラはそれぞれの後方から二本の光跡を追いかけ、切り返しのたびに揺れる車体の動きを捉えていく。
映像には赤いS13の迫り来る軌道と、JZX100の力強い踏み込みが交互に映り込み、視聴者は息を呑んだ。
【いや追い方エグいんだが】
【これマジで初見? リズム盗むの早すぎる】
【シルビア、さっきのミスからここまで立て直すの普通に怪物じゃね?】
【前の人、焦ってそう】
同時に、配信画面は二分割され、少女の運転席視点が映し出される。
低いシートから見えるのは、落ち着かない光のライン、揺れる計器、そして握りしめられた小さな手。
ステアリングの震動までもが伝わってくるかのようだった。
「……っ、まだ追えるっ…」
少女の吐息混じりの声もマイクが拾い、視聴者の緊迫感を煽った。
アクセルを踏み抜く右足が震え、わずかに遅れた判断を取り戻すかのようにハンドルを切り込むたび、コメント欄はさらに熱を帯びていく。
【イン深すぎ! よく立て直したな】
【初心者じゃ絶対ムリな調整してる】
【あの100の人も負けられんやろなぁ】
一方、峠入口の駐車場。
男の仲間たちは自慢のクルマを並べたまま、スマホやタブレットに食い入るように画面を覗き込んでいた。
冷えた空気の中でエンジン音が遠く響き、ドローン映像に映るヘッドライトが、遠くの夜道に見える。
「……いや、マジで追ってきてんじゃん」
「おいおい、あの子……あれ絶対初見の走りじゃねぇだろ。見てるこっちが怖いわ」
ざわつく仲間たちの後ろでは、男が眉をしかめていた。
画面には、自分の友人――先行しているJZX100の走りと、その後ろで必死に食らいつくS13。
「おい、あいつ……本気で焦ってんじゃねぇか?」
「だろうな。あいつの加速で突き放せないって、あり得ねーよ」
タブレットに映る少女の視界ではメーターが揺れ、コーナーごとに視界が跳ねる。
そのたびにコメントは嵐のように流れた。
【S13の子、吸い付くみたいに迫ってきてる】
【これ、乗れてきてる? 最初より操作スムーズじゃん】
【見てるこっちの方が手汗ヤバい】
ドローン映像では、二台の距離が縮んでいく様子が映し出され、峠の斜面すれすれをかすめるような軌跡が鮮明に捉えられていた。
真上から見ると、二つの車体は結ばれているかのように連なって揺れ動き、どちらが先に抜け出すか、前後が一瞬で変わりそうな気配を漂わせている。
駐車場の空気は、無言の圧に満ちていた。
男の仲間たちは息を潜め、配信画面を固まった視線で追う。
その中で一人がぽつりと呟いた。
「……っ!仕掛けるぞ!」
配信のコメント欄では、視聴者がすでに祭りのような盛り上がりを見せていた。
【うおおおお来たストレート!】
【ここで勝負決まるか!?】
【S13ワンチャン抜けるぞこれ】
【100の人も本気で踏みに来るはず】
ドローン視点が二台の真上へと切り替わる。
S13は、ミスの影響で少し開いた距離を、スラロームの終盤で再び縮めていた。
少女の視界には、JZX100のリアバンパーが大きく映り込み、ヘッドライトの光が延びる直線が開けていく。
「……ここでっ!」
少女の囁きが入り、コメント欄が一瞬静まり――すぐに爆発した。
【行けぇぇぇぇ!】
【ここが抜きどころだあああ】
【ドキドキする!】
【やべぇ、手が震える】
駐車場の仲間たちも立ち上がる。
画面に釘付けのまま、誰も息をするのを忘れていた。
ドローンの映像が二台を捉えたまま、迫りくるストレートを映し出す。
速度がさらに上がる。
二つの影が、今にもひとつの線に重なりそうだった。
峠を駆け抜ける二台と、それを見守る無数の視線。
夜を震わせる決着の瞬間が――配信越しでも肌に触れるほどの熱量で迫っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます