Section4 #A_FIBBER’S_PRESENT

「あぁーっ! やっぱアタイに隠し事してた、こんのバカ!!」


 突如この空気に立ち込めた異様な雰囲気に、カルティベイトはしっぽの毛を思い切り逆立てながらそう叫んだ。


 ギギギ……と、金属塊を引きずるような不快な異音。まるで影が主に付きまとうように、カルティベイトの周りの大気がずしりと重く纏わりついた。


 この重くジメジメした空気、一瞬にして真夏のスコールに巻き込まれたかのようだ。


 ただでさえ感覚が鋭敏なカルティベイトである、彼女にとって卒倒しそうなほどに気持ちの悪い感触だ――Mエムにとっては何ともないようだが。


「そう、ここは『リミナルスペース』――なら、人ならざる『エンティティ』もつきものだろ?」


「ちぃっ」


 ジャキン、とカルティベイトの右手に鋭いハンドガンが出現する。銃とはいえどよく市販されているような単調なそれとは異なり、狩人のようにとても鋭敏な深紺の銃身だ。キュラキュラ……とバレルに当たる部位が噪音と共に回転していた。


 この気持ちの悪い空気の根源を探す――影が立ち込めている部分が。


「あった! ……『崩れかけの英雄譚オールヒーロー・ビハインド』!!」


 ――シュガガガガァンッ!!


 わずか瞬き一度の間に銃口から数百もの閃光が放たれ、ホールの隅に土煙が立ち上る!


 ピコン……と機械的なサウンドと共に、影の中にひとつの青い記号のようなものが浮かび上がってきた。


「そうか、『藍壊アイカイ』カウンターは見やすいマーカーにもなるんだったな」


「元凶は黙ってなさい、アンタにも撃つよ!」


「アハハッ、怖い怖――」


 次の瞬間にはMが吹っ飛ばされ、新しい土煙の中で先ほどと同様の記号が現れて消えた。……記号が消えたということはつまり……カルティベイトはイライラが募ってMを射殺したようだ。まあ、すぐ蘇生してくるだろうが。


「……物理的なダメージは通るわけね、あのモヤモヤ」


 影がホールの隅から少しずつ、ガスが拡散するように広がっていく。


 光をすべて呑み込む深い暗闇のようだ。影が触れたものは光を失い単色化し、そしてすべて見えなくなる。


「ちぇ……食べれば食べるほど強くなる系?」


 小さな銃身に見合わない、重く激しい炸裂音。もし予想が的中しているとしたらあの周囲にあるものを先に消し飛ばしておいた方が良さそうだ。


 ピコン! 魔法を使っていないにもかかわらずカルティベイトの背後でサウンドが聞こえた。


「別にアレはそーいうのじゃないぜ?」


「ああそうなの」


 Mがひょこっと蘇生したようだ。青い『藍壊アイカイ』の記号が心臓部付近に浮かび上がっているので、元の死体を再利用しただけらしい。


「アハハッ、なんでそんな嫌そうなんだよ」


「アンタが嫌いだからよ。べーだ」


「かわいい」


「うっさい!」


 ザザッ――カルティベイトの脳裏に、騒々しいノイズが差し込む。


『……ご来店ありがとうございました……「ユメモール」は、■■■■年付で閉店しております……』


「ほ、放送?」


 感情の読み取りづらい、まるで合成のような女声だ。


『……この空間は、十秒後にシャットダウン致します……十』


「!」


 一気に周囲の気温が下がった――いや、数十度も下がったと錯覚するほどの気配が、黒い影から出現した!


 Mはそんな様子に相変わらず笑い、シルクハットを指の上でクルクル回して遊んでいる。


『九……八……』


 影が大きく拡散する。


『七……六……』


 それは徐々に、明確な輪郭を作り始めた――。


 顔。胴。腕。靄の中から、ただそこにいるだけで潰されるような存在感を持つ『エンティティ』が生まれてくる。


『五……四……』


「ちぃっ! なんなのっ、あれ……!」


 ソレは無数の弾丸を受けてもひるみもしない。もう既に、通常の弾丸換算なら千以上の薬莢が転がっているはずだ。


『三……二……』


 とても長い手足をもつソレは、もはや明確に人型を成してカルティベイトの目の前までやってきていた。


 とっさに後ろに引こうとするも、そこはもう既に壁。


『一……』


 逃げ場はない。ソレの腕が、カルティベイトへ向かって迫る――!


『ゼロ』


「ひわっ!? ちょっ、にゃああああ――」


 * * *


「えぁっ、う……はぁ、うー……?」


 そこはあたたかい日差しの差し込む、見慣れた草原だった。


 カルティベイトのよく知る『サンクタム・ミューズ・ナオス』が、すぐ後ろにある。まるで悪夢を見ていたように、気分の悪い冷や汗が頬を伝った。


 未だに最後の単調なサイン波アラートが脳裏に残る。


「面白い夢見れたろ、アハハッ」


 Mが笑う。


「……あれ……ゆ、夢? いや……」


 カルティベイトのすぐそばに置いてある不思議なひとつの缶ジュースが、先ほどの世界は荒唐無稽な夢でないことを物語っていた――。

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