赤き竜のための協奏曲
烏合衆国
プロローグ
〖さァ三周目、最後の周回です! 1番サイネグエルダーと6番アモンガの熾烈な先頭争い――おおっとここでアクセル仕掛けた! 3番アクセルここで追い上げて三着につける! そして同じく7番アクセルテグ上がってくる! やはり成るか兄弟対決! 楯を手に入れるのはどちらの竜なのか! すさまじい追い上げだアクセルテグ! コーナーを回って先頭は3番アクセル! アクセルテグ追いすがる! 1番サイネグエルダーは巻き返せるか! 最終コーナー依然一着はアクセル! 三年続いた兄弟対決、大帝賞までもつれ込みましたが今、決着しようとしています! アクセルテグ脚質は衰えていない! 二頭完全に抜け出して一騎打ちだ! 最後の直線、二頭並んだ! “英雄王”か! “俊英雄”か――!〗
競竜。
それは騎士の
竜と共に空を翔け、栄冠を求めて競い合う、この国の伝統競技だ。
一頭の竜は、三年をかけて、十二の英雄の、十二の重賞を翔ける。
優秀な竜は、その後、大帝の御前において翔ける栄誉をも受ける。
競争は、競技場の中でのみ行われるのではない。生産競争もまた、熾烈を極めている。より迅い、より逞しい、より賢い竜を求めて、竜主たちはより良い因子の奪い合いに明け暮れている。それが競竜の世界だ。
*
ギイイイィィィ、ギイイイィィィ――
か細いが、芯の直ぐな産声が上がる。
見学者たちは一斉に厩舎へと走った。
産まれたのは、茶褐色の鱗を持つ竜だ。母竜の吐息に優しく包まれながら、初めての世界をきょろきょろと忙しく見上げている。見学者たちは、二頭を刺激しないよう、距離を置いてその様子を観察していた。
「間に合った!」
そこへ慌ただしく入ってきたのは――一人の女性だった。
「ここで騒ぐな」
この厩舎の管理者である、白い髭の男性が言うが、その顔に普段の厳しさはない。女性も構わず、汗ばんでいる額にへばりついた前髪をかき上げるとスタスタと歩いてきて、僕の右隣に並んだ。その横顔には見憶えがあった。薄い金色の髪は、一ツ結に後ろでまとめてある。僕より少し低い目の高さで、その瞳は、澄んだ青色だ。
「――ベレー様」
僕は思わずその名を口にする。僕の声は彼女に届いてしまったようで、「お、私のことを知っているとは嬉しいねえ」言って、相好を崩される。
ベレー・ハイジン=ハスト。十八歳で騎手となるや否やその才覚を発揮され、重賞を含む数多の
「知らない人はいませんよ」僕は気後れしながら返す。他の者たちも、遅れて気づき始めたようで、興奮の輪が広がっていく。「それで、今日はどうしてこちらに」
「あら。それは知らないの?」
ベレー様は言って、ぴっと二頭の竜を指差される。それに応じるように、母竜がゴォ、と啼いた。
その言葉で、思い出す。産まれた仔竜の――父親のほう。この場にはいないが、管理者の方が言っていたはずだ。
ベレー様が二十の時から乗られ、三年で五冠を達成した、名竜・ヤチルシーム号。
一昨年の大帝賞まで、競竜界の話題の中心には常にヤチルシーム号がいた。五冠は、実に三十九年振りの快挙だ。母竜のほうは、ベレー様が乗られたことはないはずだが、普段からこの厩舎に通っておられるのだろうか、随分と母にも信頼されておられるように見える。
そしてこの産まれた仔竜こそが。ヤチルシーム号の初仔にして、その輝きを最初に受け継いだ期待の新星。というわけだ。
「まだ続くんですね――ヤチルの栄光は」
「その通りだよ」言ってベレー様は、身を翻される。管理人に「また来ます」と言い、出口まで行って――立ち止まり。
「調教師を目指す諸君。この可愛い子を立派に育て上げたら、是非、私に乗らせてね」
言い残して、去っていかれた。
その後ろ姿は、いつまでも僕の瞳に焼きついていた。
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