明日てんきになぁれ

シグ

第1話 初めての約束


・僕 実はキャッチボールもドッジボールもやったことないんだ

その笑顔を見ればわかる。少し無理して作っている。


(しまったやってしまった。 なんて気の使えない男なんだ俺は!)


そう嘆く男は、

・こ、今週の土曜日空いてる?

俺は彼の予定を確認した。


・空いてるけど、もしかしても土曜日出勤ていうやつかな?

良かった、予定は無いようだ。


・じゃあ 三角公園に10時な!キャッチボールやろうぜ!


明日てんきになぁれ、7月の金曜日の昼休み。

俺は大人になって初めて天を祈った。




工業団地から少し外れたこの会社が俺の勤務地だ。


・コータローお前入社して何年だっけ?

係長のヨシダが手を止めずに話かけてきた。


・来月でちょうど2年になるっす。

俺はトルクドライバーでねじ止めをし、フレームをひっくり返した。

もう二年か、この閉鎖空間で過ごすようになると1日が滝のように流れていく。


・そうか もう2年か じゃあもう仕事はばっちりだな

ばっちりかどうかはわからないが…

・え~ま、まあ 怒られない週も増えてきましたっすけど…


・まあそんなお前にいよいよ後輩ができる まあ後輩って言ってもお前と同い年だ

・まじっすか! どんな感じの人っすか?

後輩かぁ、俺はこの会社で一番の下っ端で一番の年下だった。


・あんま期待するような目で見るな 真面目そうないい子だ 当然男だぞ。

・あぁそうですか…いや、ようやく俺にも年の近い後輩ができるだけでもうれしいです!

俺は感情を隠すのが下手だ。

白状しよう。少し期待してしまった。花が舞い降りてくるのを。


・まあ実はな、少々変わった事情がある子でな ま、お前なら任せてもいいかと思ってな!

変わった事情?それっていったい。


・あの事情って…

・あーやべ!会議だった。行ってくるわ!わるいこれ組み立てといて!


係長は組み立て途中の製品を俺の方に置いて、

会議室に吸い込まれるように入っていった。


・なんだよ、人の話は聞かずに自分の用を押し付けていっちまうなんて…

ま、全然そんなの気にしないんだけどね。組み立てするの楽しいし

と、2分前の話もすっかり忘れて仕事にとりかかっていた。




ポッポポッポとハトが窓から顔を出した。毎日このハトは始業や就業の時間を教えてくれるんだ。

賢いな、お前たちは。なんて言うとでも思っているのか。


今日もいつも通りの朝礼が終って、担当のラインに入ろうとしたとき。

・アガノ ちょっちこい

テラダ課長が何とか猫のように手招きしている。


・やっべぇ俺なんかしちゃったっけ…

恐る恐る課長の待つ会議室に入った。


・来週の7/1から入社する フクダ 君のことなんだけどな。

課長はコーヒーカップを置いた。


・あ、ああ!この間ヨシダさんがちらっと言ってました。

そうか、新入社員のことか。ほっとした。


・彼は産まれつき病気がちで、学生時代あまり学校に通っていないんだ。

え? そ、そんな複雑な事情をこんな俺に教えていいのだろうか。だから部屋に呼ばれたのか


・まあでもその病気は克服して普通の生活を送れるようになったらしいからそこは大丈夫だ。

それを聞いて心底安心した。よかったねフクダ君。


・そこでだ、年も近くて面倒見が良さそうな アガノ お前に教育係の軍配が上がった。

・あえ?俺が教育係!?っすか?


係長め、後輩が出来るってそういう意味だったのか。


・年近いんですか?

・お前今年で23だろ?お前と同い年だ。

突然のことだったが、なるほど…納得の行く理由だ。


・了解っす! 教えるのは初めてだから少し不安っすけど…

少々不安ながらも、教育係を受け入れた。大丈夫だろうか…


・よろしく、戻るついでにヨシダ呼んできて

課長は置いたコーヒーカップを再び口元に運んだ。


・了解っす 失礼しまーす


と言って、自然と体がこわばってしまう部屋からそそくさと退出した。


・そっか~教える順番とかちゃんと考えないとな

コータローは改めて工程の確認を行い、マニュアル作成や教育の準備をした。


そして、7月1日 新人が入社する日がやってきた



・フクダ ユースケ と申します 早く皆さんのお役に立てるように頑張ります。よろしくお願い致します!


事前に彼のいきさつを聴いていたため、

もし聞き取れないような声を出すような子だったらどうしよう とか考えていたが、

案外ハキハキと、ちょうどいい声量で喋るので安心した。


・アガノコータロー っす!! 頑張ります!よろしくお願い致します!

なんて馬鹿でかい声で初日の挨拶をした自分とは大違いだ。


・フクダ君は今日から入社しました みんなよろしくね。

それじゃフクダ君は生産3課に配属だから、おいアガノ 連れてって教えてやってくれ。


課長からバトンを渡された さて、気を引き締めて頑張ろう


・どうも アガノコータロー ていいます フクダ君 キミと同い年の22歳だ よろしく

・アガノさん フクダです よろしくお願い致します。


ん~やはり違和感がぬぐえない。

・アガノ とか コータロー でいいぜ呼ぶの、俺今日まで一番年下だったからみんなにそう呼ばれててさ。


今更この会社で名字のさん付けはない。

きっとフクダ君は緊張しているだろう。何か会話を続けないと。


・ちなみにフクダ君 誕生日いつ?

・11月8日で23歳です。


よかった。間違いなく同い年だ。

・まじか…まだ俺が最年少のままじゃん… おれ今22歳の12月13 日


・ふふ じゃあコータローは一番年下のままだね!

・うっせー おいやっぱアガノさんって呼べ! なんてな!


ファーストコンタクトで相手の緊張がほぐれたのかどうかわからないが、

つかみは悪くない気がする。

むしろコータローと呼んでくれてちょっと安心したのは俺のほうかもしれない。

そして一通り工場内を案内することにした。


・知らない前提で話すからな? この工場は生産工場で、営業もいないんだ。

生産した製品はほとんどすべての製品を物流拠点に出荷する。

ここに出荷予定票と工程表がある。これを目安に作業をする。


なるべく短く伝えるようにしたつもりだ。

・わかりました。


本当にわかってくれたかわからないが、その言葉を信じよう。

・フクダ君はしばらく俺のそばについてサポートと一通りの作業を覚えてもらう。

・了解しました。


そして組み立てラインに立った。うちの会社は電化製品の組み立てをしている。

・ちなみに…はんだ なんてやったことはある?


・はんだもドライバーすら使ったことがない です…

・おぉ そうだよね 少し生い立ちを聞いているんだ。ごめんよ。

彼の心の傷を掘ってしまったか心配だった。


・でもオームの法則ならわかりますよ。

・コータロー印加電圧5V 20mA流したいとき何Ωの抵抗入れるんだ

いきなり係長が割って入った。


係長め、俺だってオームの法則くらい…

・え~~と i×R=V だからこっちがこれで たしかVをこうして これで…


さらにフクダが割って入る

・250Ωの0.1W です


・おーフクダ すごい早いじゃないか コータロー お前が教わる立場にならないように精進しろよ

そういっていきなり現れた係長は、せっせと会議室に消えていった。


・フクダ君おまえすげーな なんでそんなこと知ってるんだよ。

ワットってどうやって計算するんだっけ…


・入院中暇だからいろんな本を読んで勉強していたんだ。

 だから退院したら電化製品の組み立てがやりたいと思ってたんだ。


それならうちの会社なんて適材適所じゃないか。


・なるほどなぁ ちょっと今度俺にもコツを教えて!

・いいけど、アナログ回路は奥が深いよ?微積分もわかる?

・俺の辞書に微積分なんて文字はない なんだそれ。

・これは長い道のりになりそうだね…


雑談しながら工場見学が終わった二人は、

自分たちの持ち場について日常業務の教育を始めた。



キーンコーンカーンコーン

慣れ親しんだチャイム音、小学校の時と同じチャイム音をまさか社会人になってまで聞くとは思わなかった。


・よっしゃー昼休みだ!フクダ君 弁当頼んだ?

・うん 頼んだ!

・じゃあ一緒に食べようぜ 食堂行こう。

彼を誘って食堂で食べることにした。


お昼休みの過ごし方は人によってさまざまだ。

家が近い人は家に帰る。毎日ではないが外食する人もいる。毎日コンビニに行く人もいる。


大半が車通勤なので車の中で過ごす人もいる。正直快適そうでうらやましいが、

幸いなことに、俺のことを気にかけてくれて色んな人が食堂に誘ってくれた。


なので俺は食堂組だ。従業員の半数以上は食堂を利用している。

食堂と言っても社食は無く、会社で弁当を頼むか、持参している。



主婦でパートのトモミさんは

・あのバカ息子! とため息をつきながらご飯を食べていた。


・うちの子供が昨日ドッジボールして突き指しちゃって、

 今日は病院連れて行かなきゃいけないのよ。だから今日は定時で上がるわね


・仕方ないっすよ。昼休み中のドッジボール、

 あれは俺たちにとっては熱くならないわけがないんですよ。

さんざん玉ころ一つを白熱して投げ合った日々を思い出した。


・あれは、戦争だ。上級生ともよくやりました。

1週間のコート使用の権利をかけ、上級生と戦ったりもした。

俺たちの学年は強くて案外負けたことは少なかった。


・ボール好きよね~ホントに男の子は、

 うちの息子たちも真っ暗になってもキャッチボール止めないものね。

同じく主婦でフルタイムのミズキさんの息子さんたちもボール遊びが好きらしい。


今日の昼休みはボール遊びの話題が沸騰中だ。フクダ君も話に混ぜてあげないと。

・フクダ君もわかるよな!ドッジボールもキャッチボールも命を懸けてやってるんだよな!


色の白い顔の彼は、笑顔で答えた。

・僕 実はキャッチボールもドッジボールもやったことないんだ。あはは


そうだった。彼の生い立ちのことを忘れていた。とんだ失態を侵してしまった。

・ご、ごめん!そうだったよな。ほんとゴメン!


いーよいーよと笑っている彼だが、その顔を見ればわかる。

無理して笑顔を作っている。多分彼も気にしないでほしいことを伝えたいのだろう。

だが、慣れていないことなのかもしれない。


何とかしないと。なんとか…あ!そうだ!

・フクダ君 今度の土曜日空いてる?

・うん、空いてるよ?もしかして今週の土曜日は仕事なのかな?

・じゃあ この会社の近くの三角公園しってる?

・僕の家、この町なんだ。もちろん知っているさ!

・よし、じゃあ10時集合な!キャッチボールやろうぜ!


今の俺にはこうしてフォローするのが精いっぱいだった。

彼からの返事は当然OKとのことだった。


仕事帰りにグローブとボールを買おう。

グローブは彼に入社祝いとしてプレゼントすることにした。




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