第8話 鳳条さんと気持ち
「兄ぃ。髪ぼっさぼさだよ」
「なあ妹よ」
「聞かんぞ」
「正解って、なんだろうな……」
「うわめんどくせぇ」
日を超えて。憂鬱、とは違うけれど、荷物を背負っているような、そんなずっしりとした重い体をなんとか動かしていた。
結局鳳条さんと和解できずに昨日は終わった。
そして、今日会ったとて、何を話せばいいのやら……と、正解が分からずにいた。
「ほら兄ぃ、さっさと出る」
「しかし妹よ」
「めんどくせえって。ほら、行った行った」
妹に追い出されるように家を出た。
通学中は重い脚をせっせこ動かしていた。
外で鳳条さんと会うかもしれない。会った所で何を話せばいいのか分からない。
だが学校に着けば必ず会う。そのときにかける声は……何が正解だ?
結局、通学路では鳳条さんとは会わなかった。
教室に入り、自分の席に着く。鳳条さんはまだ来ていない。
「おうタカ」
「……日向」
唯一といっていい友、日向が声をかけてくる。
……こいつとの仲が深いわけではないが、だが、頼れはする。聞く、か。
「で、昨日はどうなったんだ?」
「日向。俺……」
「おう」
「……やった」
「やっ!?」
そう。取り返しのつかない、失態を。
「それは……あれかぁ……? 鳳条さんと……、学校で……」
「ああ……。最初は、俺が間違ってて……」
「そ、そうだな。最初は、そりゃそうだろ」
「でも途中からはいい感じで……」
「そ、そういうもんなのか?」
「でも、最後にダメになって……」
「ペ、ペース的なもの、か?」
「そのあとも、俺は……」
「分かった……! もういい……!」
肩を持つ日向。その手は力強かった。
ああ、思い返せば全部だめだったのかもしれない。
そうだ。俺だって、経験があるわけじゃない。
「そのよ、タカ。俺だって詳しいわけじゃないが、最初ってそういうもんらしいぞ」
「……、そうかな」
「そうだって。だから、な。次を考えようぜ」
次。次、か。
確かにそうだ。過去を変えられないのは知っている。なら未来を見るべきなんだ。
「おっ、噂をすれば」
「!!」
その声で振り返る。教室後ろの扉から鳳条さんが入ってきた。
パッと見ではいつも通り、見えるが――。
(ダメだ。俺が見てられない!)
それでも、俺は……!
「……」
何も、起きない。
だ……。
駄目だ……。声をかけられない。三秒以上彼女を見ていられない。
どうすればいいかが分からない。どうする。
「じゃあ今日は終わりだ。用事ないやつは真っすぐ帰れよ~」
担任の号令で一日が終わる。自由な時間になる。
鳳条さんの席を見る。……と、もう立ち上がって教室を出ようとしていた。
その背に……声をかけられるわけもなく。おれはぽつりと残された。
(帰る、か)
策も考えも思いつかない。どうやったらいいんだ。
とぼとぼ。重い脚で帰る。下駄箱まできた。と、その戸を開けた時。
「ん?」
開けた拍子にひらりと落ちる紙。なんだかデジャヴだな。
(嫌な予感がする)
昨日はこの流れで紫峰柑奈にしてやられた。まさか今回も? と警戒しながら紙を拾い上げる。なになに……。
『ハルへ
まずはごめんなさい。どうしても、対面だと上手く話せない気がして』
柔らかい筆跡に、ハルという呼び方。これはきっと鳳条さんのものだろう。
『私って、ほんとに不器用だよね。それでね、もし今日、ハルが気を悪くしちゃってたらごめんって言いたかったの』
「……」
『でもね、私は、いまでも分からなくって。正解がわからないの。
ううん、違う。本当は話をすべきなんだと思う。だけど……』
……。ここまではスラスラ書いていたのかもしれない。だがここから先が何度も書き直した形跡がある。
『ハルと出会って、初めてをたくさん経験してる。それはとても楽しくて、嬉しい。
でもハルが好きって言ってくれたあとね。ほんとは――』
唾を呑む。
『すごくうれしかった。それは本当。でも、なんだろう。好きっていうのと、好きな人に好きって言われるのが、こんなに胸が苦しいんだって、初めて感じた。
それで、分からなくなって。逃げちゃった』
「鳳条さん……」
『ごめんなさい。でも、あとちょっとだけ時間が欲しいの。
ちゃんと、私も応えたいから。だから――
また明日』
手紙はここで終わった。文章にやや破綻が見えるのは、それだけ彼女は真剣に考えているということなのだろう。
でも、気持ちは伝わった。
俺に出来ることは、彼女を受け止めてあげることだ。
(ふー……、よし)
俺も手紙を書くことにした。なんとなくそのほうがいいような気がして。
これはきっと簡単なことじゃない。一緒に正解を見つけていければいいんだ。
また明日から、少しづつ取り返していこう。
―――――――――――――――――
お読みいただいてありがとうございます。
よければブクマや最新話から評価をつけて応援していただけるととても嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます