第2話 旅の始まり
私はその日、急いでいた。
注文したオンラインRPGが届くからだ。
「お疲れ様でした!」
オフィスを急いで出ようとした時、エレベーターのドアの前に羽山さんが立っていた。
今年度から異動で来た上司だ。
いつも無表情で、何を考えているのかわからない。
あまり目立つタイプではないけれど、こうして近くで見ると、意外と整った顔立ちをしている。
「お疲れ様です」
私が挨拶すると、羽山さんは軽く頷いた。
「お疲れ」
低く落ち着いた声が静かに聞こえた。
一緒に一階まで降りる間、私は羽山さんをちらりと見た。
背が高くて、スーツをきちんと着こなしていて、でも近寄りがたくて、こんなふうにじっくり見る機会はあまりない。
この人が何を考えているのか、異動してきてから一度もわかったことがない。
エレベーターが一階に着き、ビルのエントランスに向かった時、大雨が降っていた。
折り畳み傘を取り出そうとしたら──
「あ……傘忘れた……」
バッグに入っていなかった。
詰んだ……。
雨が止むのを待とうとしたら、羽山さんが隣に来た。
「……入るか?」
羽山さんが取った行動が意外だった。
人とは距離を置くタイプだと思っていたからだ。
なんとなく気が引けるけど、この好意を踏みにじるのは失礼だ。
「ありがとうございます」
私は羽山さんの傘の中に入った。
特に会話もなく、ただ二人で歩いている。
けれどなぜか、一緒にいると落ち着く。
駅に着いて、羽山さんに深々とお礼をした。
「羽山さん、助けてくれてありがとうございます」
羽山さんは頷いた後、改札を通ってホームに行った。
不思議な人だけど、優しいんだな。
少し心が温かくなった。
そして、私ははやる気持ちを抑えて電車に乗って、家までまっくすぐに帰った。
自宅のポストには──ちゃんと届いていた。
『エターナルクエスト オンライン』
嬉しくて仕方がない。
久々にゲームができる!
しかも今回は広大なオンラインRPGの世界。
私はソフトをゲーム機にセットして、ゲームを立ち上げた。
ワクワクしながら、オープニング映像が出てくるのを待つ。
そして……テレビ画面いっぱいに、綺麗なグラフィックのゲーム画面が広がった。
ゲームのオープニング映像で動く楽しそうなキャラたちを見てワクワクした。
まずは、主人公のキャラクターを選ぶ画面からだった。
このゲームはキャラの見た目や種族を決められるようだ。
私はエルフの女の子のキャラクターにした。
キャラクター名は“あまる”。
“あまる”という名前は、私の本名“天川留美”から取ったものだ。
いつもゲームをやるときは、その名前にしている。
そして……物語の扉が開いた。
物語の序章で、“あまる”のこの冒険の目的が明かされる。
もちろん、エタクエ恒例、『魔王を倒す』のである。
そして、“あまる”はオンラインゲームの世界に解き放たれた──
そこには、頭の上にアカウント名がついているキャラクターが、町中をうろうろしていた。
さまざまな種族のキャラがいて、キャラ同士がアクションで挨拶したり、一緒に写真を撮っているようなポーズをしたり、中にはカップルのようなキャラたちもいた。
これがオンラインRPGの世界なのか……。
とりあえずメインストーリーを進めようと、酒場でパーティーメンバーをレンタルして進めようとした。
──しかし。
どこの町に行っても、プレイヤーたちが楽しそうにコミュニケーションを取っているのを見かけて、現実から離れたファンタジーの世界でも孤独を感じてしまった。
私は人見知りなのである。
だから、会社でも他の社員とあまり打ち解けられず、必要最低限のやり取りしかしない。
なぜゲームでぼっちで苦しまないといけないのか……。そんなのリアルだけで十分!
悲しくなった私は、試しにフレンド募集をかけた。
ダンジョンを攻略するという名目で。
しかし、私はまだ始めたばかりでレベルも低い。
誰からも声がかからない。
そう思っていたら、返信が来た。
チャットには――
ハヤテ『今どこにいますか?』
と書いてあった。
私は嬉しくて胸が躍った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます