第Ⅸ話 予章終幕
〜〜イリス視点〜〜
私が魔王を倒すと、戦場を静寂が包んだ。
魔王の首を凝視する。
……うん、間違いなく死んだな。
「ああ…終わった……」
ホッと一息――ついた瞬間だった。
「お?おお!ようやく出れたわ!ほぉ〜、ここが…」
血にまみれたこの場に、まったく不釣り合いな、まだ幼さの残る声が聞こえてきた。
見れば、瓦礫の山から6、7歳くらいの、薄紫の髪の幼女が這い出てきていた。
しかし、見た目とは裏腹に、立ち姿や言葉の感じは大人びている。
ふと、その幼女と目が合った。
「…お主が魔王を倒したのかの?」
「…そうだと言ったら?」
「くはは、別に取って食ったりはせんよ。」
幼女は苦笑しながら言った。
……なんなんだこいつは。
「イリス、気を付けて!そいつ、只者じゃない…!」
背後から、エーファの声が聞こえた。
きっと鑑定系の魔法で実力を測ったのだろう。
「ふむ…?そこの小娘、
幼女は、ニンマリと笑った。
「わが名はレナータ!世界最高にして最悪の、邪神であるぞ!」
突然、その幼女…曰く、レナータが名乗りを上げた。
「今まで魔王により封じられていたが…お主らが討ち倒したことで、封印が解けたのじゃ。深く感謝しよう。」
私が呆然としている合間にも、レナータは言葉を続ける。
「だが、妾はまだ本調子ではない!封印により、その力の大部分を失ったのじゃ。だが、これは時間とともに戻るであろう。……だが、その間。妾は、妾以外のモノによって身を守らねばならぬ。そこで、お主らじゃ!お主らに、妾の力が戻るまで、妾の身を守ってほしいのじゃ。もちろんタダでとは言わぬ!力が戻る前と後には、力の一部を貸し、お主らの寿命が尽きるその時まで、永遠の友であることを誓おう。」
……はぁ?
「い、イリス。私は悪くないと思うわ。私の魔法に狂いがなければ、その子の言っていることは本当よ。」
そうかぁ…。ま、エーファが言うなら問題あるまい。
「邪神、えーと…レナータ!その条件、飲もう。」
「よろしい!それでこそ妾が見込んだ人間じゃ!」
レナータは満面の笑みでそう言うと、魔法で契約書を生成した。
「これは大特級の契約書じゃ。お互いの命にかかわる内容じゃから、条項をよく読むんじゃぞ。」
「ああ。」
一通り眺めて問題無いことを確認し、名を記入する。
大特級契約書とは、魔法契約書のなかでも最上位の契約書だ。
成立すれば、お互いの命まで担保にされる。
もちろん、双方が内容を正しく認識し、それに合意しなければ成立しない。
「よし。これで妾とお主は永遠の友だ。よろしくな。お主の名は…イリスか。」
契約書をのぞき込みながらレナータが言った。
「ああ。よろしくな、レナータ。」
「うむ!」
私たちは握手を交わした。
こうして、世にも奇妙な友情が成立したのだった。
ーーー┃ーーー
さて諸君。私たちは、なにか大事なことを忘れている。
レイモンドだ。
「くそっ…くそっ…!」
マルタは焦っていた。
レイモンドはかなりの重体だ。
首周りの主要な神経が切れ、今や植物人間状態。
それらの神経を、魔法でひとつづつ正確に接着して治していく。
ただでさえ気が滅入る作業を、数十回、それも疲労が重なり、魔力の少ない状況でやらなければならない。
環境は最悪だった。
でも、患者は王族。何より、大切な仲間だ。
マルタは決死の形相で手術を敢行していた。
「お主、なかなか良い腕前じゃのう。」
「はっ?だ、誰!?」
突然現れた幼女に腰を抜かすマルタ。
集中のあまり、周囲の状況を見るのがおろそかになっていたのだ。当然、
「妾が治してやろう。」
そう言うとレナータはあっという間にレイモンドを治して見せた。
「え。……え?……え!?」
驚愕するマルタ。
何度見ても、レイモンドは完治してスヤスヤ眠っている。
自分でも、どれだけ後遺症を減らせるかという問題だったのに。
まさか、完治?
ありえない。でも、現実は。
…きっとマルタは、そう考えていたのだろう。
ともかく、こうしてレイモンドは無事元の健康で屈強な肉体に戻ったのだった。
後日それを知ったレイモンドは、一晩中マルタとレナータを拝み倒したとか、してないとか。
ーーー┃ーーー
ところで、何故魔王にたった4人だけで立ち向かったのか気になった人もいるのではあるまいか。
お答えしよう。
ずばり、これはいわゆる「試練」なのだ。
王家や4公の跡継ぎ以外の子が、「どうせ跡は継がぬから」と怠けるのを防ぐべく、国軍を差し向けずにあえて4人だけで行かせているのだ。
逆に言うと、魔王なんてその程度である。
影響できる国なんて地理的にこのアルガント王国しかないだろうし、まだまだ未熟な私でもこうして倒す事ができた。
大仰に魔王といっても、ただの体のいい訓練材料なのだ。
流石にレイモンドの首が逝ったり謎の邪神が現れたりと想定外の事もあったが、これも試練のうちである。
哀れなるかな、魔王よ……
その来世に幸あらんことを。
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