第27話 勉強~Side白~

翌日午後1時。図書館の前で蓮を待つ。


「……おはよう」


振り向くと、蓮がリュックを背負って立っていた。


「おはよう」


午後だけど、なんとなく「おはよう」って言っちゃう。


図書館の自習室に入る。夏休み中だけど、結構人がいる。受験生っぽい高校3年生も何人か。


……みんな、頑張ってるんだな。


蓮がノートと参考書を広げる。テスト用紙も持ってきてる。


「じゃあ、始めよう」


「……うん」


あたしも荷物を広げる。問題集、ノート、筆記用具。


でも、何から始めればいいかわからない。


蓮が言う。


「まず、目標を決めよう」


「目標?」


「次の模試で、何位を取りたい?」


「それは当然1位でしょ、って言いたいところだけど、最低3位、あんたとトップ2に戻るのがひとまずの目標ね」


「じゃあ、2位を取るために必要な点数は?」


「……えっと」


あたし、考えたことなかった。「何点取れば2位?」って。


いつも、「全部頑張る」だった。


蓮がノートを見せる。前回の模試のデータが書いてある。


「前回の2位は、総合450点。君が取った点数は、400点。50点足りない。この50点を、どの科目で取る?」


……そんな風に考えるの?


あたし、全部の科目を頑張ろうとしてた。


でも、蓮は「どこで何点取るか」を計算してる。


「……どの科目がいいかな」


「お前の得意科目は?」


「……国語と英語」


「じゃあ、その2科目は現状維持。苦手な数学と理科で、各25点ずつ上げる。それで50点」


……なるほど。


得意科目じゃなくて、苦手科目を上げる。


「次に、弱点を分析する」


蓮がテスト用紙を見る。


「数学はどこが苦手だ?」


「……えっと、全部?」


蓮が首を振る。


「違う。数学78点ってことは、22点分間違えたわけだ。どこを間違えたのか、見せてみろ」


あたしがテスト用紙を見せる。


蓮が赤ペンでチェックしていく。


「……


ここ、三角関数

ここも三角関数

ここ、微分

ここも微分


──つまり、この2分野だけで20点落としてる。逆に言えば、この2分野を集中的にやれば、20点上がる」


……そんな。


あたし、全部やろうとしてた。数学の問題集、最初から全部。


でも、蓮は「ここだけ」って絞る。


「……他は、やらなくていいの?」


「だって他はほぼ正解してるだろ?正解した問題を何度もやるのは、時間の無駄。間違えた問題だけ繰り返すのが効果的だ。時間は有限だから」


……!


そうか。


あたし、正解した問題も何度も解いてた。「復習」だと思って。


でも、それ、時間の無駄だったんだ。


蓮が問題集を開いて、付箋を貼っていく。


「間違えた問題に付箋

1回目で正解したら、付箋を外す

2回目も間違えたら、付箋を2枚重ねる

付箋が多い問題ほど、優先的にやる」


「……なるほど。これは視覚的にわかりやすいわね」


「ああ」


「これで、どこが苦手か、一目でわかる」


……すごい。


あたし、こんな風に考えたことなかった。


蓮がもう一冊、ノートを取り出す。


「あと、テストノートも作る」


「テストノート?」


蓮が自分のテストノートなるものを開いて見せてくれる。


左ページに問題、右ページに解答。


そして、赤ペンで「なぜ間違えたのか」が書いてある。


・計算ミス

・公式の使い方を勘違い

・時間不足で解けず


……細かい。


「間違えた問題を左に書いて、解答を右に書く。赤ペンで、なぜ間違えたのかを分析する。試験直前に読み直す、特に赤字を中心に。そうすると、同じミスを繰り返しにくくなる」


……なるほど。


「付箋は『どこが苦手か』を見つけるため、テストノートは『なぜ間違えたか』を分析するため、ってことね」


蓮が頷く。


「ああ。両方使えば、効率が上がる」


……蓮、本当にすごい。


「じゃあ、やってみよう」


蓮が横に座って、教えてくれる。


三角関数の問題を開く。


「……ここ、わからない」


「ここは──」


蓮がノートに図を描いて説明してくれる。わかりやすい。丁寧に、順を追って。


……蓮、教えるの上手い。


「……あ、わかった」


問題が解ける。


「……すごい、解けた。なるほど」


「次の問題も、同じ考え方だ」


また解く。今度は自力で解ける。


「……できた!」


蓮が頷く。


「……やるな。


──じゃあ、この問題の解き方を俺に説明してみて」


「え?もう解けたのに?」


「解けた、じゃダメだ。自分の言葉で説明できて、初めて『分かった』になる」


あたしは少し戸惑う。


でも、やってみる。


「ここは、まずこの公式を使って……」


説明しながら、自分の理解が整理される。


……なるほど。


説明すると、本当に分かったかどうかが分かる。


……嬉しい。


1時間後。


三角関数の問題が、スラスラ解けるようになってる。


……すごい。


1時間で、こんなに。


あたし、今まで何時間も三角関数やってたのに。


でも、蓮のやり方なら、1時間で理解できた。


蓮のやり方はあたしのこれまでの猪突猛進な勉強の仕方を根っこからひっくり返すものだった。


これじゃいくら頑張っても追いつけなかったわけだ。


あたしは心のなかで一人納得した。




図書館の帰り道。


夕方の住宅街を歩く。


「……蓮、ありがとう」


「……何が?」


「勉強、教えてくれて。あたし、勉強って量だと思ってたの。ひたすら問題集を解いて、ひたすら暗記して、時間をかければ成果が出るって」


蓮が首を振る。


「違う。勉強は、質だ。どこが弱点か分析して、そこだけ集中的にやる。効率を上げれば、短時間で成果が出る」


蓮が続ける。


「勉強は、質×量だ。量だけ増やしても、質が0なら結果も0。でも質を上げれば、少ない時間で大きな成果が出る」


「……俺も前回のテスト、失敗した」


蓮が少し苦い顔をする。


……蓮も、失敗したんだ。


1位から5位に落ちて。


あたしが頷く。


「……そうね。あたし、3日間で三角関数と微分ができるようになった。前は、1週間かけても理解できなかったのに」


「それは、お前が頭いいから。やり方を変えただけ」


あたしは照れる。


「……ありがとう」


そして、ふと気づく。


「……ねえ、あんたは勉強、工夫しなくて大丈夫なの?あたしばっかり教えてもらってるけど」


蓮が少し考えてから答える。


「俺は、すでに最適化済みだ。前回成績を落としたのも、睡眠不足で試験中に集中力が落ちたから。理解はしてたけど、計算ミスが増えて、時間配分も狂った。効率的な勉強法を知ってても、時間と体調管理ができなければ意味がない。前日の睡眠さえ確保していれば、大丈夫なはずだ」


……。


……相変わらず腹が立つわね。こいつ。


「……余裕そうな顔して」


蓮が首を傾げる。


「そうか?」


「そうよ!」


でも、まあ、蓮がそう言うなら本当なんだろうな。


気持ちを切り替えるとあたしが続ける。


「なんにせよあんたの言う通り、効率よく勉強すれば……」


蓮が続ける。


「創作の時間も、確保できる」


「……そういうこと」


二人で顔を見合わせる。


「これなら、大丈夫かも」


「……ああ」


……勉強、効率化できた。


これなら、創作の時間も作れる。


「じゃあ、創作も再開しましょう」


あたしがノートを開く。


「平日は午前中勉強、午後も4時まで勉強。4時から7時は創作。これで、1日3時間確保できる」


蓮が頷く。


「……俺も同じスケジュールにする。平日は図書館で午前も午後も5時まで勉強。5時から10時が自由時間。夕飯と風呂で2時間引いて、実質3時間」


あたしが続ける。


「3時間あれば、なんとかなるわ。ネームは週末にまとめて描く。平日はペン入れと仕上げ」


蓮も続ける。


「俺はセリフと構成を平日に。週末に白石とすり合わせ。打ち合わせは週1回に絞る」


あたしが頷く。


「そうね。効率化しないと、間に合わない。でも、質は落とさない」


「……ああ」


二人でスケジュールをノートに書き込む。


平日:午前勉強、午後1-4時勉強、4-7時創作。


週末:土曜は午前勉強、午後打ち合わせ。日曜は午前勉強、午後創作。


「……これなら、両立できそう」


「……ああ」


「親の信頼も取り戻せる」


「創作も続けられる」


蓮が続ける。


「……目標は、他人を超えることじゃない。昨日の自分を超えること。俺も君も、前回の自分より成長すればいい」


あたしが笑う。


「……そうね」


「──蓮」


「ん?」


「あたし、蓮と一緒で良かった」


蓮が驚く。


「……どうした、急に」


「一人だったら、絶対無理だったと思う。勉強も創作も、諦めてたと思う。でも、蓮がいるから、勉強のやり方を教えてくれたから、両方頑張れる」


蓮が少し照れる。


「……それは俺もだよ。多分、白石がいなかったら、一人だったら創作も続けてなかったんじゃないかな」


あたしが笑う。


「そう──あたしたち、結構いいコンビよね」


「……多分な」


二人で笑う。


……蓮と一緒なら、大丈夫。


勉強も、創作も。両方、できる。


夕焼けの空。オレンジ色の光。


蓮と並んで歩く。


……なんか、幸せ。


って、何考えてるの、あたし。


顔が少し赤くなる。


でも、この気持ち、悪くない。


決意を新たにする。


勉強、頑張る。


創作も、頑張る。


蓮と一緒に。

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