第29話 五十ソルの借金
「……ビジネス?」
アレクの目が、さらに鋭くなった。
後ろで成り行きを見守っている父からも、怒りのビートが聴こえてくる。
それを見て、ヴィヴァーチェさんが慌てて手を振った。
「いやいや、怪しいものじゃありません!真っ当なビジネスです!」
「真っ当かどうかはこっちが決める。まずは説明しろ」
「は、はい!」
ヴィヴァーチェさんが、大きく息を吸い込んだ。
「アリアさんには、人の心の問題を解決する素晴らしい力がありますよね?」
「……まあ、はい」
「その力を必要としている人は、たくさんいるはずです!」
ヴィヴァーチェさんが、目を輝かせた。
「でも、アリアさんはそういう人たちと、どうやって出会えばいいか困っていませんか?」
確かに、今までは偶然や紹介で出会ってきた。でも、困っているかと言われると……ちょっと違う気もする。
どう反応していいのかわからずにいると、ヴィヴァーチェさんが人差し指を立てて、芝居がかった調子で続けた。
「そこで僕が、アリアさんの力を必要としている人を紹介します!」
「……それで?」
アレクが不機嫌そうに聞いた。
「そして、アリアさんが問題を解決して報酬をもらったら、僕も紹介料としてその一部を僕にもいただく!」
ヴィヴァーチェさんが、得意げな顔でにっこり笑った。
「みんなが幸せになれる関係です!アリアさんは困っている人を助けられて、僕は紹介料がもらえる!どうです?完璧でしょう!」
……沈黙。
アレクと父が、険しい表情でヴィヴァーチェさんを見ている。
これは、あまりいい雰囲気じゃないよね……。
「……要するに、アリアを金儲けの道具にしたいってことか」
アレクが冷たく言った。
「ち、違いますよ!確かに商売なんでお金は頂きますけど、困っている人の手助けをして対価を頂く立派な商売です。ただの金儲けとは違いますよ!」
ヴィヴァーチェさんが、大げさに胸を押さえた。
「僕は、アリアさんと困っている人たちを繋ぐ、橋渡し役になりたいんです!」
「断る」
父が、きっぱりと言った。
「娘を、商売道具にはさせん」
心の音を聴かなくても、父が怒っているのは見てわかる。
父のコントラバスは地を這うように低くなっていて、ちょっとしたことで暴発しそうだ。
「商売道具なんて思っていません!アリアさんの力は特別なものでしょう?その力に対して対価を払うのは当然のことです。お金に罪はありません、霞を食べて生きていけるわけじゃないんですから」
なおも食い下がって説得しようとしているけど、父とアレクには響いていない。
このまま話し続けても埒が明かなそう。それに、彼の心の音から聴こえる「ある事」が気になっていた。
「あの、ヴィヴァーチェさん。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「はい!何でしょう?」
父やアレクとのやり取りに困っていたヴィヴァーチェさんだから、私からの質問に活路を見出そうとしたんだろう。期待するような目でこっちを見ている。
そんな目で見られると、ちょっと申し訳ないんだけど……
「ヴィヴァーチェさん。商売のお話はわかりました。受けるか断るかは考えてみますけど、ひとつ気になることがあるんです」
私は、申し訳ないと思いながらも、少し勿体ぶった言い方をした。
「気になること?なんでしょうか、僕で答えられることなら何でも話しますよ!」
ヴィヴァーチェさんは大げさな身振りでアピールしている。いっそ必死といえる感じだ。
「ありがとうございます。気になることなんですけど――ヴィヴァーチェさんは、何に怯えているんですか?かなり焦っていますよね?」
「!なっ……!?」
ヴィヴァーチェさんはかなり驚いたみたいで、口をパクパクさせている。
私が心の音を聴けて、感情がわかることを知ってるはずなんだけどなぁ。
いざ自分の事となると、隠せると思ったのかな?それとも、私のチカラの事を忘れてた?
「あの……私が心の音で感情を聴き分けられるって知ってますよね?」
「あ……いや、でも違うんです。それは僕個人の事情であって……そう、そうなんです!アリアさんに伝えるようなことじゃないんです!」
かなり動揺してるみたい。落ち着いてもらわないと、ちゃんと話が聞けなくなっちゃう。
「お前!一体なにを隠している!正直に吐け!」
「ひえっ!?い、いや……隠しているわけじゃないんです!わざわざ言わなくてもいいことなんですよ!」
ああもう!アレクが凄むと話が進まなくなっちゃう!
「アレクさん、ちょっとだけ静かにしてもらえますか?私、この人の話をちゃんと聞きたいんです」
私がそう言うと、アレクは渋々だけど引き下がってくれた。これで落ち着いて話ができるかな?
「ヴィヴァーチェさん。どうしても言いたくないことなら無理には聞きません。教えてくれなくても、あなたが悪い人じゃないってことはわかっていますから」
「アリアさん……」
彼は悩む素振りを見せた後、観念したように話してくれた。
「実は……借金があるんです、僕」
「……は?」
「50ソルの借金です」
ヴィヴァーチェさんが、涙目になりながら言った。
50ソル……お父さんの10年分の稼ぎなんて……。
「僕の故郷で、仲間たちと商売をしていたんですけど、ちょっと失敗しちゃいまして……」
そう言って項垂れている彼から、意外な音が聴こえてきた。
あれ?いま聴こえた音って……
「借金!?お前……それでアリアに近づいたのか?アリアのお人好しなところに付け込んで、騙そうとしてたんじゃないのか?」
アレクが眉をひそめながらヴィヴァーチェさんに詰め寄る。
「いえいえ、とんでもない!アリアさんとは一緒に商売をしたくて声を掛けたんです。騙そうなんて思ってませんよ!」
必死に訴えるけど、アレクの顔は険しいまま。ヴィヴァーチェさんはすっかり怯えてしまって、さっき聴こえた音も消えてしまった。
「もう、アレクさん!そんなに喧嘩腰だったら、ヴィヴァーチェさんが可哀想でしょう?それに、すっかり怯えちゃって、心の音も聴きにくくなっちゃいます!」
アレクが私のために言ってくれているのはわかってる。だけど、ヴィヴァーチェさんが何か悪いことをしたわけじゃないのに、これじゃあんまりだ。
「っ!……わかったよ。お前の好きにしたらいい」
ああ、怒っちゃった。アレクのチェロがキーキーってひび割れたみたいに鳴ってる。
申し訳ないけど、不貞腐れたアレクのことは後でフォローするとして……まずはヴィヴァーチェさんから話を聞かなきゃ。
でも、こっちも恐怖でトランペットの音がスカスカになってるから、まずは落ち着いてもらおう。
「ヴィヴァーチェさん、一旦落ち着きましょう。お茶のお代わりはいかがですか?」
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