第7話 調律

 「ええ。見せてあげます。お互いの気持ちを、心を」


 ……何故かはわからない。

 でも、

 心が感じるままに、私は深く息を吸い込んで――。


 そして――目を閉じた。

 




 世界の音が、遠ざかっていく。

 


 

 風の音、人々の声、すべてが、静かになる。


 そして、心の音だけが聴こえてくる。

 

 ハーベストさんの心から、深く低いチューバと激しい太鼓。

 でも、その奥に優しいヴィオラが響いている。村を想う気持ち。若い人たちへの期待。

 

 フェリックスさんの心は、本当は温かくて包み込むようなマリンバを、強く強く叩いている。

 本来はもっと優しい音なのに、今は必死で。

 でも、その根底にある温かなギターは、ハーベストさんへの尊敬と、感謝の気持ち。

 


 2つの心の音はバラバラ。

 でも、メロディア村でもそうだった。

 グスタフさんとヨハンさん、それぞれの重厚なチェロと穏やかなピアノ。バラバラだった旋律が、美しいデュエットを奏でたんだ。


 それぞれが村を想う気持ちは、調和できるはず。

 

 

 心が感じるまま、私はを開放する。

 

 ……どうして、こんな事ができるんだろう?なんで、どうしたらいいか解るんだろう?

 疑問が湧いてくる。

 いや、考えるのは後。今は集中しなきゃ。

 

 私の心から、穏やかなハープの音が生まれる。

 それは、春の小川のせせらぎのように、二人の心へと届いていく。


 ハープの音色が2人の音に触れる。

 それぞれの音に寄り添い、響き合う。

 

 不協和音が、少しずつ協和音へと変わっていく。

 まるで、絡まった糸がほどけていくように。

 

 そして――――

 



 

 


 私の周りに、淡い光が生まれる。

 ……え?これ、光……?

 いや、違う。これは光じゃない――音楽が、見えてる……?

 

 

 ハーベストさんの心の太鼓が、静まっていく。

 太鼓が鳴りを潜めると、奥から温かなヴィオラが響き始める。


 フェリックスさんの心のマリンバが、本来の暖かさを取り戻していく。

 本来の美しい旋律を奏で始める。



 2つの音楽が、重なり合う。

 

 それは、まるで二重奏のよう。

 美しく調和の取れたハーモニー。



 光が強くなる。

 金色の温かな光。



 それは、部屋全体を包み込んでいき――――

 

 

 


 

 

 目を開ける。



 部屋の中には、まだかすかに光の残滓が漂っている気がした。消えてしまったその光を名残惜しむように、室内を見渡してしまう。


 その視界に映ったハーベストさんとフェリックスさんは、呆然と立ち尽くしていた。

 そして、二人の目には涙が浮かんでいた。



「これは……」


 ハーベストさんが、震える声で呟いた。



「私は……何を……」

 

「ハーベストさん……」

 

 フェリックスさんが、涙も拭わずに一歩前に出た。

 


「俺……あなたの努力を、ちゃんと見ていませんでした。あなたがどれだけ村のために尽くしてきたか……」

 

「いや……私こそ……」


 ハーベストさんが、フェリックスさんに向かって深く頭を下げた。

 


「お前たち若い世代の可能性を、認めていなかった。怖かったんだ……自分が、必要とされなくなることが」


 2人はしばらく沈黙していたが、やがてフェリックスさんが手を差し出した。



「一緒に……考えませんか?あの土地を、どう使うのが一番いいか」


 ハーベストさんはその手を見つめ、しっかりと握り前を向いた。

 


「ああ……そうだな。私の経験と、お前たちの若い力を合わせれば……きっと、この村はもっと良くなる」


 2人の心の音が、完全に調和した。

 

 温かなヴィオラと、明るいギターが、美しいデュエットを奏でている。

 今までずっと黙っていた村長さんも、ひっそりと感動した様子で、目を潤ませていた。

 


「今の……は……」

 

 アレクは、驚愕の表情で私を見てくる。

 ……あまり、そんな表情で見られたくはなかったけど、仕方ないのかな。

 畏れを含んだその視線に、気付かないふりをして応えてみる。

 

「心の音を、繋げたんです」


 私は、少し疲れた表情で微笑んでみせた。

 

 体が重い。頭は痛いし、視界もぼやけている。

 私の中から何かがごっそりと抜け落ちたような感覚があって、強い疲労感が襲い掛かってきていた。

 それでも、今この場で響き渡るハーモニーを聴いていると、まだやれる気がしてくる。まだ、立っていられる。

 

「人の心の不協和音を、協和音へと変える。それが、私の力です」


 アレクの心の音が、大きく変わった。

 疑念は消えた。

 代わりに深い感動と、畏敬の念。

 


「信じられない……本当に、お前は……」


「自分でもよくわかっていないんです、この《チカラ》。でも、どうすればいいのかは解って――」



 私は、涙を流しながら抱擁を交わす2人を見て、微笑んだ。



「良かったです。困っている人たちの役に立てて」

 

 

 



 それからは、ハーモニクス村全体で話し合うという事でまとまり、私達の出番は終わりとなった。



「本当にありがとう」


 ハーベストさんは、憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔で、手を差し出してきた。



「貴方が気づかせてくれなければ……私の自分勝手なプライドで、村が滅茶苦茶になっていたかもしれない」


「いえ……」


 私は少し照れながら、その手を握り返す。



「私はちょっとお手伝いしただけです。お二人が村を大事に想っていたから……だから、解決できたんだと思います」


 初めに見た険しい表情とは、まるで別人みたい。

 この穏やかな笑顔を見られて、私も嬉しい。



「俺からも礼を言わせてください。村が2つに割れなかったのは、アリアさんのおかげです」


 フェリックスさんも感謝を伝えてくれて、手を差し出してくる。

 私はその手をしっかりと握り返した。



「俺たち、頑張ってもっと良い村にしますから、また遊びに来てください」


「はい!楽しみにしてますね」


 温かい言葉に、自然と笑顔がこぼれる。



「本当は、感謝の気持ちに宴でも開きたいところだが……親御さんに帰る約束をしているんだって?」


「はい、そうなんです。父が心配性で……もう私も17歳なんですけどね」


 ハーベストさんが残念そうな顔で言ってくるが、約束通りに暗くなる前に帰らなければならない。

 心配性な父親が居ると、娘は大変なんですよ。

 バタバタと落ち着かない出発となってしまったが、村人たちからの感謝を受け、メロディア村への帰路についた。

 

 



 

 メロディア村への帰り道。

 道中も退屈することが無かった。


 道の脇を流れる小川のせせらぎや、木々の間を風が通り抜ける音、鳥達のさえずり。

 自然の音楽に耳を傾ければ、世界は実にたくさんの音楽に包まれている。

 

 帰りもアレクが騎乗する後ろに乗せてもらって、ゆっくりと歩く馬の背に揺られていると、アレクが呟くように言った。

 

「お前のチカラを信じるとは言ったが、あの光景を目の当たりにして、正直驚いている」


「そう……?」


 彼の心の音が、震えている。困惑と、少しの怖れ。

 ……怖いと思ってる……のかな?



「もしかしたら、お前はとんでもない存在なのかもしれない。それこそ、歴史に名を刻むような……」


 彼の心の音が、だんだんと変わっていく。震えが止まって、強く、深く響き始める。

 ……これは、決意?



「あんな事は、他の誰にも出来ないだろう」


 彼の心の奥から、守りたいという音が聴こえてくる。

 彼の中で、何かが変わったんだ。



「俺は、そんなお前を守りたいと思った。多分、この先お前には困難も待ち構えてるかもしれない」


 彼の心から聴こえるチェロが、何重にも重なっていく。

 カルテットの深く響く音が、深い共感と静かな情熱を奏でていた。



「お前に困難が降りかかる時、俺がお前を守る。どんな相手であろうと守ってみせる」


 チェロのカルテットが彼の情熱に溶け合い、深く、深く鳴り響く。



「だから、アリア・カンタービレ。お前は迷わず進んで欲しい」


 アレクは前を向いたまま、私に対する決意表明のように告げた。

 

 守る。

 その言葉が、胸に染みる。


 なんだか、照れくさいけど、嬉しい。

 一人じゃない。そう思えることが、嬉しかった。

 


「私は……メロディア村の周辺しか知らない田舎者です」


 少し恥ずかしくて、声が小さくなる。



「でも、困っている人がいるなら、助けてあげたい。それが、母の遺志でもあるし……私のしたい事でもあるんです」


 言葉にして、改めて自分の心に気付かされる。

 私は、自分が思っていたよりも欲張りみたいだ。



「だから……困ったときは、助けてくれると嬉しいです」


 彼の背中に、そっと想いを乗せて告げる。



「よろしくお願いしますね、アレクさん」


 前を向いたまま、アレクが頷いた。


 彼の心から聴こえてくる音が、軽やかになっている。

 重厚なチェロではなく、明るい旋律。


 ……なんだか、嬉しそう。


 私も、少し嬉しくなる。

 初夏の風が、私たちを優しく包み込んでいた。



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