第14番:未知の電波

 ストロンチウムが暴走したのはあまりにも強すぎる思いのせいだろう。形を成し、それぞれの元素の力が使えるのは我々の心の強さに比例する。従って強い思いは時に最悪を招く。

 ────これではいけない。私は指導者として皆を導くのだ。否、それももはや必要ないのかもしれない。

 金は自室の鏡の前で装飾を脱ぎ去った。そっと目の前の自分に手を重ねる。もう一人の金はどこか切なそうに顔を歪めていた。

 全て脱ぎ去ったその躰には金脈が走っていた。右手には水銀との事故で失った指の接合部を強調する金継ぎがある。

 外のハロゲンランプが反射して金の至る所が輝いている。夜空に浮かぶ一等星のように、躰が美術品であるように美しく輝いている。しかしその表情には憂いを帯びている。

 「私が威厳を放棄するのはいけない」


 《金は美しく、荘厳であるべきだ。》


 声に出した瞬間、不意に別の声が聞こえてきた。周囲には何もいない、聞こえてくるのは内部に直接響いてくる“声”。何かしらの電波かもしれない、金はじっとその場に留まった。

 

 《象るのは人間の支配者では無い。自然の長だ。》


 「誰だ?」と声に出すが、反応は無い。


 《君は阻まれている。そのゆく未来を、人間と非人間との間で、揺れ動いている。》


 次は耳元で声が聞こえた。高い声、自分やセリウムが学説を述べる時のような高揚感のある声。しかしその二つよりも複雑な感情が読み取れる、そんな声だ。

 

 《私の実験は、彼らでは収まらん。君たちがいれば──》


 刹那、金はぐっ、と自分の胸に手を突っ込んだ。何かを埋め込まれている、直感的に気が付いた金はそれを引き抜いた。

 「…………これは、通信機器か?」

 研磨された鉱石が埋め込まれた謎の機器は外へ出した瞬間に破裂した。金の内部にあったそれの正体を探る為、セリウムの所へ向かうことにした。


  *


 ランタノイド研究室。セリウムは自室のコンピュータの前にじっと座っていた。そこへ金がやって来た。壊れた機器を持って。

 「やぁオーラム──って、その服どうした?」

 脱ぎ去った服とは別の簡易的な服に着替えた金を見て「らしくないな」とセリウムは笑った。

 「ふっ、今は良いだろう。それよりもこれだ」

 破損した機器をセリウムに渡す。研磨された鉱石はひび割れていて、それを取り囲んでいた本体は修復不可能な状態だった。

 「鉱石を媒体とした通信機器、ということか?」

 「ああ。声が聞こえて来たんだ、そこからな」

 「これはどこで?」

 「私の中にあった」

 「そうか────はぁ!? 中にって、どういうことだよ」

 一度は飲み込もうとしたがさすがのセリウムでも飲み込めなかった。金の中に通信機器が入っていた、そんな事実を一度で飲み込めるはずが無い。

 金は苦笑した。胸にそっと手を当て、ここにあったぞと言った。

 「馬鹿な……まぁ、実際にあったわけだな。まあいい。ともかく調べてみよう」

 壊れた機器を手に、セリウムと金はメイン研究室へ向かった。

 ランタンをはじめとしたランタノイドが多数そこにはいて、今はまだウラノピスキスの研究をしていた。

 「銀河棲生物の研究の鍵となるかもしれんぞ」

 そう言ってセリウムは声を張った。ランタンたちは手を止めてセリウムを見た。

 「オーラム、先程あった事を話してくれ」

 「ああ」

 頷くと、金は謎の声が聞こえたこと、その内容と胸に埋め込まれていた機器について話した。

 「──“私の実験”と言ったのか、それなら奴らは実験体で、私たちすらもその可能性があるということか」

 ランタンはそう結論づけた。

 「外部からの接触を考えていたが、まさかここまでとはな!」

 愉快そうに笑うセリウムは「だが、奴の思い通りにはさせてはならん」と主張した。

 

  ──そう、思い通りにはさせない。

 手にしていた白い炎を握り消す。

 広大で果ての無い宇宙の中、遠くで光る星々がまるで観客のように彼女を見つめる。舞台に立つ一人の美麗な女は、歌うようにその身の上を話す。

 「真理の魔女、第七番目の“魔女”、ティア・フォルシオン。地球にある六つの魔女──感情、欲望、希死、希望、絶望、大海……そのどれでもない。私は真理を求める真理の探求者クァエシトーラ。 ……なんなら、大海のような“偽物”ではなくて、私が本物の魔女だ」

 巨大な銀河棲生物の背に立ち、星々に向かって紳士的に一礼をした。

 「鉱石の星、メカロニクスは天王星とは違う。アジュールとも違う。だがそのふたつと似通ったものがある。氷と鉱石、分厚い大気……それらが神秘の源となって、生命が誕生した。 ──私には星々の結末を見届ける義務がある! 彼らの物語は、この世の真理そのものだ!」

 『誰に向けて話している?』

 ティアの足元から声が響く。巨大な銀河棲生物が声を放ったのだ。

 「観客に向けてかな」

 何でもないように前をただ真っ直ぐ見て言った。

 『ここには誰もおらぬ。貴様と私のみだ』

 「従属する銀河棲生物の老いぼれ如きが私に意見するのか。 ……良いね。また縛ってやろうか」

 足元の銀河棲生物の首元にある大きな魔法の首輪は、ティアが握り拳を作ると同時に思い切り締まった。ぐっ、と苦しがる銀河棲生物に対して特に反応を見せないティアはこの状況に慣れているようだった。

 『従属させているのは貴様ではないか』

 「そうだね。私は強いからな」

 本物の魔女だしね、そう付け加え、悦に浸るように上を見上げた。両手を天に掲げ、また星々に見せつけるように言う。

 「私はただ、知りたいんだ。人間と非人間の、愚かで、お粗末で、愛おしい物語の結末を。そしてこの全宇宙において、銀河を統べる者たちへ、私が真理を説くのだ! この世の真の理を! ──私がジャンヌ・ダルクとなろうじゃないか。旗を掲げ、嘘偽りを吐く夢追い人たちを導いてやり、主へ還す。主はのぞむ、この世の真を侍る従属共を」

 『その“主”とは何なのだ』

 力無く手を下げ、じっと前を見据える。

 「この宇宙を作った者だ」


  *


 そして様々な事情を調べた上で、金は気になったことを導師に尋ねようと探していた。広間に導師と仲良くしている元素体エレメンタムが集まっていた為、そこへ向かうと、鉄がいち早く気付き、「お、先生だ!」と声を掛けた。

 「何の集会だ?」と見下ろす金の視界には、あの銀河棲生物がナトリウムをはじめとしたアルカリたちに囲まれていた。ユグニウム、ユグ、などの愛称で呼ばれていて、いつの間に名付けたのかと苦笑した。

 「こいつ、ユグニウムって名前付けたんだって!」と鉄は楽しそうに話した。

 「そうか。良い名前だな」

 「だよね! あ、ドクターも抱っこする?」

 リチウムはユグニウムを抱き上げ、鉄の後ろに座っていた導師に渡した。導師は表情は見えずともかなりユグニウムに強い興味を持っていて興奮しているように金は見えた。

 「悪いが、導師よ。気になることがあってな」

 真剣な面持ちで導師に尋ねる金を見て、場は静まり返った。導師はユグニウムを離して金を見据えた。

 「君がいた星に、遠隔で体内に異物を埋め込むような事が出来る者や声を届ける事が出来る者はいたか?」

 ナトリウムとルビジウム以外騒然とした。二体は金の質問の意味を理解出来ないようで小首を傾げているが、鉄やリチウム、セシウムなどは先生が襲われたのか? などと話している。

 導師はじっと記憶を手繰り寄せ、答えを導き出そうとしていた。

 「…………もしかしたら、でも」

 答えは出た。だがそれがあまりにも突飛なものである為か、導師は答えあぐねた。

 「問題無い。言ってみろ」

 その言葉を受け、導師はまた少し考えたあと言った。

 「魔法使いなら、可能かもしれない」と。

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