第三楽章:世界

第9番:研究者として

 研究とは真理を突き詰めるもの、この星の過去の来訪者は皆、始めこそ闘志に燃えていた。しかし、欲を出せば出すほど、結晶となり、やがて来たる異種共に採掘されていく。科学者はどの時代、どの国、どんな種族であっても、やはり欲深いものだ。

 海生脊椎動物に付着する成分を調べ始めたセリウムは、様々なデータを照合し続け、まるで銀のことなど忘れたかのように没頭していた。

 銀は特にやることも無く、その場で座り、持っていたエメルドでタワーを作って遊んでいた。

 「旦那〜ぁ……聞いちゃいないか」

 タワーが崩れると同時にそろそろ銀の限界も迎えたようで、セリウムに声をかけたが全く反応を示さない。

 先人異種たちのデータを見ると宇宙にあるものとは違う何かがあると指摘されていた。それはセリウムの知る元素などでは無かった。元素同士が融合したものでもない。全く未知の成分が検出されたのだ。

 「ていうか旦那ぁ。よくここまでそれ持ってきましたねぇ」

 銀はセリウムが持ってきていた研究の為のセットを見て呆れ返っていた。コンパクトとはいえ、これを想定して持ってきたとするとさすがの銀も関心を通り越して呆れてしまう。

 「…………銀」

 銀が欠伸をすると同時にふと、セリウムは短く呼んだ。

 「ん?」

 「外部から何かしらの接触がある。可能性として全く未知の脅威が我々を脅かしていると言っていい。その脅威が、我々に直接害を成すのであれば、諸々準備をしなければならない」

 淡々と言うセリウムの言葉に銀はまたきょとん、と呆然とした。

 これは内部だけの問題でないのか。異種でもないとすればなんなんだ。そんな疑問が瞬時に駆け巡り、銀は立ち上がった。

 「戻ります。セリウムはそれ、戻して来てくださいね」

 銀にしては似つかわしくない声音でそう言い残すと颯爽と拠点へ戻って行った。

 セリウムはじっと大人しくし続ける海生脊椎動物を見つめた。これを返していいものなのか? しかし、長く借り続けるのはいけない。宇宙を行き来する種族故に被爆することはないが、群れから長く離れてしまえばこの子供の居場所はどこにもなくなってしまう。一度エリアMへ行くしかない。

 セリウムは立ち上がった。透明を解き、再び海生脊椎動物を抱えて跳躍した。


  *


 この星に降りてから二日目。我々以外に、過去に先人がいた事が分かった。そのほとんどが枉磊おうらいの晶窟内で被爆して倒れ、日に一度再生される鉱石によって飲み込まれている。被爆の症状は晶窟の中の鉱石からどれほどの距離の位置にいたかによるもので、低線量被爆し、日が経ってから症状が現れ、一層苦しんだのだろう者から重度の被爆者は見るも無惨な状態のまま鉱石に閉じ込められ、重なり合った鉱石を掘ることでその顔を露わにし、ようやく気がつくような状態まで様々である。そしてそこを運良く抜けられたとしても被爆は免れることは無い。大量のウラン鉱や他の放射線を出す鉱石が蔓延る空間の中を歩くということは人間、否、生物にとってかなりリスクが高いものだ。

 運良く抜けた後はまた重く動きづらい空気が襲う。泥水や水田の中を歩くような感覚だろうか、あれらのように足元が引っかかることはないが、厄介なのは軽装備の酸素吸入器付きの宇宙服だとしても無事ではなく、岩壁などに引っかかれば簡単に命の危機がやって来ることにある。重い上に動きづらく、空気を掻き分けて泳ごうにも人類の力ではどうにもならないのだ。

 空を見上げればドラゴンのような、首の長い海生恐竜のようなものが、まるで餌を探す鮫のようにぐるぐると仲間同士で旋回しているのを見掛けることがある。あれほど恐怖を覚えたことは一度もなかった。潜在的な恐怖と言えようか、あれを捕まえて調べてみたいなど口が裂けても言えない。あれには人間は敵わない。

 そして巨大な隕石が鎮座する開けた場所にはあらゆる鉱山が口を開けて待っていた。まるで死への入口、地獄ゲヘナへと誘われるかのようだ。一番恐怖を抱いた場所は赤い口だ。あれは地球では見ることが出来ないほどの美しさだ。宝石のような真っ赤な輝きが道標のように光り、誘惑する遊女のドレスのように本当に魅力的に見えた。その感覚でいえば硫酸の池と似たようなものだろうか。 近付いてみればそれは辰砂で、至る所に水銀が朝露のようにそこにあった。紫陽花の葉に滴る朝の泪の様に辰砂の隙間という隙間に水銀はいて、上からそれが落ちてくればかなり危険だろうと察した。隙間から入り込んでくればその瘴気に当てられて罹患するかもしれない。

 魔の域だ。ここはまるで、天国の看板を掲げた地獄そのものだ。


 竜の存在、人類の作る防護服では敵わないらしい晶窟内部に対する記述、白金にとっての異種である彼らのこれまでの記述データを分析していたが、どれも決定打に欠けるものばかりだ。

 彼らも理解出来ないまま崩壊して行った、それだけは確実だった。

 鼻頭を押さえ、ふぅ、と一息ついた。

 白金は異種について何か分からないだろうかと様々なデータを読み耽っていたが、ここ何十年……異種の時間感覚で言えば何百年以上と言ったところか、それほどまでの時間一切変化がない。見つかるデータを片端から読み解いても分かるものは既にこちら側が知っている研究内容ばかり、他には人間は残酷だなと思わざるを得ない実験の数々の記録。宇宙船を分解させてもらったが特にこれといった成果は無く、分かったことは我々が作るものより遥かに脆弱だと言うことだけ。とは言え、その脆弱性を持った船であったとしてもあの岩盤に突き刺さるまではある程度形を保っていたということは、我々の技術であれば外へ行けるかもしれないということだ。

 外へ行ったところで何があるかは皆目検討もつかないが、それはデータを読んだ白金やランタノイド、金さえも彼らの目的が分からない為だ。導師ならば理解出来るのだろうな、とは思うものの、彼は今この星に興味を持っている。外へ出る手伝いをしてくれるかどうか分からない。

 ──違うな、外へ出るか出ないかは論点では無い。今の一番の問題は海生脊椎動物とアクチノイドだ。彼らとの関係は未だ平行線、何一つ変わらない。とは言え、ウランとは多少は上手くやれているかも分からないが、距離感としては上々。一番厄介なのは言葉の通じない海生脊椎動物だ。近付けば襲いかかってくる為、安易に近付けない。宇宙を行き来できる彼らにとってアクチノイドでさえ敵では無いのだ。だからこそ手も足も出ない。アクチノイドに対峙を任せれば空気がどんどん汚染されてしまう。こちらの布陣が動けなくなれば元も子もない。

 ここまで考えると導師に対してやはり不安が出てくる。

 彼は今、大丈夫なのだろうか。あの防護服は基本的な被爆は防げるが、長時間いればさすがに保たないだろう。チームの誰かが気が付けばいいが……。

 ナトリウムの心配もある。白金は一度席を立ち、その場を右へ左へと落ち着かない様子で歩き出した。

 最善策は、何を一番に考えるべきか、セリウムの居場所は……。

 そこまで考えると足を止め、髪をくしゃ、と掴んだ。

 「白金の旦那ぁ」

 いないはずの銀の声が背後からした。

 「セリウムの旦那が、何か見つけましたよぉ」

 間延びした声はいつもよりも真剣みがあった。

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