転生したら魔導書でした。―ページをめくるたび、少女は強くなる―
@Teru5555
第1話 孤児の少女リリィ
気づけば、真っ暗だった。
いや、目を開けても何も見えない。まぶたを動かそうとしても――まぶたがない。
息を吸おうとしても、肺がない。声を出そうとしても、口がない。
その代わりに、どこかで紙をめくる音がした。
カサ……カサ……と、何者かが自分の“体”を撫でているような奇妙な感覚。
「……俺、死んだのか?」
間の抜けた声――いや、声ですらない“思考の音”が闇に響く。
確かに、昨日まで俺はゲームしてただけだ。
イベント限定装備を取るために徹夜して、カップ麺すすって、次の日の昼に倒れ――
……あ、終わったな俺。
諦めの笑いが脳裏に浮かぶ。
けど、次の瞬間、誰かが俺の体をパサリと開いた。
世界が、ページの裏から光り出す。
「……本?」
見覚えのない古びた活字、皮のような感触。
どうやら俺は“紙”になったらしい。
「転生って……こういうパターンもあるのかよ。」
笑うしかなかった。
異世界転生、ファンタジー、魔法、全部ゲームで見た。でも“主人公が本”は聞いたことがない。
そんなことを考えていると、遠くで少女の声がした。
「うぅ……今日も何も見つからなかった……」
雨上がりのスラム。崩れた石壁の影を、ひとりの少女が歩いていた。
痩せた頬、泥に汚れたスカート。
年の頃は十歳前後。
名前はリリィ・アーンス。孤児院で“無魔力(ノーマナ)”と呼ばれ、居場所をなくした少女だ。
腹の虫が鳴く。パンくずひとつでもいい。
けれど市場の裏に落ちていたのは――一冊の本だった。
「……なに、これ?」
革の装丁に刻まれた古代文字。
開こうとすると、ページが勝手にひらりとめくれた。
そして――
『おい、ページめくるの早いって! 久しぶりに人の手触り感じたんだ、もうちょっと丁寧に……』
「ひゃっ!?」
リリィは本を放り投げた。
だが、声は頭の中から響き続けてくる。
『あ、やべ、怖がらせた? 俺、怪しい本じゃない! ちょっと事情があってしゃべってるだけ!』
「しゃ、しゃべる本……?」
『うん、しゃべる魔導書……みたいなもん。名前は……そうだな、“ネクス”って呼んでくれ。』
「ネクス……」
少女はおそるおそる拾い上げた。
表紙の文字が、一瞬だけ光った。
『……君、魔力を持ってないんだな?』
「え?」
『感じないんだよ、マナの流れが。けど、それ――本当は“眠ってるだけ”なんだ。』
リリィは首をかしげる。
“魔力が眠っている”? そんなことを言われたのは初めてだ。
『信じられないかもしれないけど、俺はちょっと教えるのが得意なんだ。試してみようか?』
「……教える? 魔法を?」
『そう。危なくないから安心して。まずは目を閉じて、胸の奥で光をイメージしてみて。』
リリィは息を吸い、目を閉じた。
胸の奥が冷たい。
何も感じない――そう思った、その時。
『感じたか? 心臓の鼓動のすぐ近くに、暖かい流れがあるだろ。』
「……あ……ある……かも……」
『それが“マナ”だ。誰の中にも少しはあるんだよ。』
不思議と、心が軽くなった。
“魔力がない”と笑われ続けたこの世界で、初めて「君にもある」と言ってくれる声があった。
『よし、じゃあ次だ。指先にその暖かさを集めて、言ってみろ――“ルミナ”って。』
「ル、ルミナ……」
小さくつぶやいた瞬間。
――ポン、と。
指先に、小さな光がともった。
「……えっ……!」
『やったな! それが魔法だ、リリィ!』
少女は目を丸くし、震える手でその光を見つめる。
その光はかすかに瞬きながら、雨上がりの闇を優しく照らしていた。
「……わたしにも……できた……!」
『ああ。世界で一番小さな魔法だけど、きっと誰かを照らせる。』
リリィは涙をこぼした。
その涙に光が反射して、まるで星のようにきらめいた。
『なぁ、リリィ。』
「うん……?」
『俺はたぶん、昔すごい魔導書だったみたいだけど、今はただの紙切れだ。
でもさ……君がページをめくってくれるなら、きっとまた強くなれる気がするんだ。』
「じゃあ……わたし、ページをめくるね。」
『ああ、頼んだ。次の章は、“世界を変える魔法”だ。』
光が静かに消えた。
その夜、少女と魔導書は初めて“先生と弟子”になった。
そして、誰も知らない新しい物語の1ページが、音もなく開かれた――。
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