第9話 白い魔女と、詐欺師



「うわああああぁぁぁぁ!!!」




 ――それは、突然に。唐突に。




 “真上から”降ってきた。


「ちょ!な、なに!?」


 かつやっちょは声の出所を探した。つかの間、男が空から落ちてきて直撃する。


 ドーーン!


「ってーな!おい、なんだお前!誰だ!」かつやっちょは怒りを顕にして男を突き飛ばした。


「痛いのは私の方だ……。なんだ、ここは?天国か?地獄か?まぁいいどちらでも。退屈はなさそうだ。」


 男はスーツについた埃を払い、ゆっくりと立ち上がる。


「おい、シルフィア!聞いてねぇぞ!!」

 かつやっちょが眠るシルフィアの肩を揺らす。


「ん……?んー……。」

 眠そうに目を擦り、ぼやけた視界で男を見据える。


「あー、そいつは関わらなくていい。今すぐ扉を開けて追い出す。」


「ちょ、ちょちょ!待てってシルフィア!早いって!」

かつやっちょがその手を掴んで止める。


「私はこの糞野郎と話すことはない。」

 シルフィアの目が細まる。


「話す前から分かる。こいつには救いが“ほぼ”ない。見ろ、その顔を。死に対して一片の迷いもないだろう。そんな魂に構うだけ無駄だ。」


 その目は氷のように冷たく、鋭かった。


「そっかー、救いないのかー!偉そうだしスーツだし!じゃ、今すぐ出てってもらおう。はい決定〜!……って、ダメに決まってんだろーが!」


 寒いノリつっこみに、シルフィアの視線が突き刺さる。


「……貴様。 」


「“貴様”ではない。藤沢光介。ベータ•アルファジャパン製薬日本支部。営業部長。会社名くらい聞いたことはあるだろう。」


「黙れ詐欺師。貴様とは会話をしたくない。私は“嘘で自分を塗り固める者”が何より嫌いだ。お前の相手は――」


 シルフィアはかつやっちょを指差す。


「そいつに任せる。私は聞くだけだ。」


「ちょ!俺ぇ!?なんで!?」


「……。 」


「くそ!あとで覚えてろよシルフィア!」

 パン!かつやっちょは自分の頬を叩いた。


「ベータ•アルファって……アメリカの巨大企業じゃねぇか。そんなお偉いさんがなんでここにいるんだよ。何がどうなればそんな勝ち組のアンタがそうなる。」


「はっはっは!なぜ貴様のような下層の者に説明せねばならん。」


「……こいつ。」


「“こいつ”ではない。藤沢光介だ。」


 くっそムカつく!

 千里ちゃんのときはシルフィアの勘だった。なら俺も使ってやる。


 ええい、ままよ!


「はっ!高慢ちきの詐欺野郎が!どうせカジノで有り金全部スったんだろ!借金地獄で家族に見放されて、プライドだけで生きて、最後は孤独死だ!……だろ!」


 静寂。


 藤沢の頬に、一筋の汗が伝った。


「…………な、貴様。なぜ、それを知っている!」


「は?」

 まじ?まじで当てちゃった?これガチのやつ?


「も、もちろんだ!藤沢!お前のことはお見通しだ!」


 シルフィアをちらりと見る。

 その目は、氷よりも冷たかった。

  

 こうまでして初対面で嫌われる奴、いるもんだな。


 ――さぁて。どうしようか。

 

 ここからはこいつとの対話だ。

 一目見りゃわかる。こいつは頭がいい。俺みたいな体を張るしか脳のないYouTuberとは違う。


 本気で行かないと。シルフィアが出てくる前に。


「藤沢、あんたの名前はわかった。すげえ企業のお偉いさんって事もな。ここは“白い部屋”。まさに生と死の狭間にある。俺もまた死んだ人間だ。自ら命を絶った者が、語り、生前の罪を語り合う場所。もしかするとお前の魂も救われるかもしれねぇ。救われたい、救われたくない関係なしにな。だから話すんだよ。話して、話して、話尽くすんだ。な?難しくないだろ?」

 全てシルフィアの受け売りだ。


 シルフィアが千里ちゃんにしたように、俺もこいつの罪の自覚を表せ。


 いけ!かつやっちょ!炎上商法の成れの果て!


「かつやっちょと言ったか……。なるほど。理解した。1つ質問だ。俺を敵視するその女は何だ。」


 藤沢はシルフィアを指さした。


「彼女は“冷血の魔女”シルフィア・ローズ。

 生と死を操る白い住人だ。あんたを最期に送り届ける役目だな。

 その手をおろせ。頼む。」


「そうか。死しても尚役目があるのか。それはご苦労な事だ。

 私が雇用主なら残業代はきちんと払わねば。ブラック企業にする気はないがな。ははは。おっと済まない。ビジネスジョークだ。」


「何が面白いんだ?それ。

 とにかく、俺は藤沢の事を知りたい。教えてくれ、洗いざらいに。」


「ふむ。ここには時間の概念がない。時計は死んだ時間を指したままだ。いいぞ話してやる。ただし、私は私が最低な奴だと知っているからな。胸糞の悪さは勘弁してほしい。」


「ギャンブル依存症で賭博中毒で金の亡者で亭主関白で最低な父親だろ?聞く前から糞やんけ。」


 ……まぁ炎上系YouTuberの俺も似たようなもんか。

「OKだ。」


「何とでも言え。

 俺は有名大学から大企業に勤め、年収もそこそこ。裕福な家庭を持っていた。妻は恵美子。息子の海斗と、娘の真由、4人家族だ。

 俺の趣味は、10代の頃からやっていた賭け事。パチンコ、競馬、ボート、toto、ポーカー。……賭け事と言っても少額の趣味程度だった。

 趣向が変わったのは研修でラスベガスに行ってからだ。上司に誘われてやったルーレットで600万、勝った。

 その勝利の味が全て俺を狂わせた。」


「俺を狂わせた」の一言。シルフィアの眉がピクリと動く。

 ほんの一瞬、彼女の心が軋む音がした。

 



 ──シルフィアの脳裏に、1人の男の姿が浮かび上がる。だがそれが誰なのか思い出せなかった。

 


 

「帰国後、俺は家族に内緒でパチンコや競馬通いに明け暮れた。仕事が遅くなる、と嘘をついては通った。またあの味を味わいたいからだ。勝っては負けて、勝っては負けてを繰り返した。と思っていた。」


「実は負けが増えてたんだな。……ありがちなパターンだよ。嘘を付く必要があったかって話だ。ま、人の事は言えねぇ。俺だってYouTuberやってるなんて、しかも破天荒炎上系だなんて親に気づかれるまで言えなかったしな。」


「はん!YouTuber!まったく下らないお遊びで小遣いを稼ぐ、ネットのおもちゃ達!」


「ギャンブル依存症よりましだわ。パチプロ系YouTuberにでもなりゃ良かったな。……いいよ。そう言われても仕方ないし。で?」


「稼いだお金だけでは足りなくなる。貯金に手をつけた。沢山稼いでいたからな。ギャンブルの負けはギャンブルで取り返す。それがギャンブラー。我々の魂だ。」


「はいはい。で?」


「妻にバレた。貯金が10万単位で減れば誰でも気がつく。俺はギャンブルを辞めると妻に誓った。が、その時には取り返しがつかなくなっていた。ギャンブルをやらなければ落ち着かないんだ。気持ちが荒れるんだ。やりたくてやりたくて仕方がないんだ。

 次第にこの思いを妻のせいにした。ギャンブルを辞めろとお前が言ったからだ、とね。」


「藤沢、知ってたけどやっぱお前最低だな。」


「ああ、知っている。大いに知っている。それからまた隠れてやってしまった。今度はもっと甘美な。FX。」


「あー、なる。お前みたいなのがやらん方がいいやつな。」


「ああそうだ。……見事に大金を溶かした。

 俺のような大物ビジネスマンなら行けると思った。だが既にビジネスマンじゃなくギャンブラーだ。ギリギリを攻めて負けてしまった。

 ……妻にはバレるまで投資だ、と誤魔化した。さらに1000万、溶かしてしまった。貯金はまだあった。が、さすがにこれ以上は諦めた。妻にも土下座で謝った。誠実に働くと決めた。2度目だ。だが……。」

 藤沢の言葉に熱が篭った。

 

 恐らくこの先が彼の本当の後悔なんだろう。シルフィアは救いが“ほぼ”ない。と言った、ほぼ、の部分だ。


「ギャンブルは辞めたがアルコールに依存したんだ。再び荒れた。家に帰れば妻と子供に当たったんだ。

 わかるか?ギャンブル依存から抜けた先に待ち受けていたのは家族をDVするアルコール依存だ!

 俺はそんな自分に絶望したよ!

 ……そして呑み過ぎて倒れた。アル中だ。」


「なぁ、子供にまで手を上げたのか?」


「あぁ。成績が落ちれば怒鳴りつける。出来なければ叩いた。

 海斗の頭を、我が子をこの手で叩いて。……妻が真由の代わりに殴られることもあった。」


 藤沢は手を見つめた。少し、震えている。


「それを分かってて、やったのか。」


「ああ、分かっていた。」


 ――その瞬間、白い部屋がぐにゃりと歪む。


「おい!シルフィア!これは……!」


 かつやっちょが振り返る。


 


 ――鬼の形相。


 


 初めて見る、真の怒り。 氷ではない燃えたぎる、真紅の激情だった。


「貴様ぁ!それでいてその飄々とした顔!今すぐ叩き割ってやる!!」


 シルフィアの声が部屋を震わせる。


「分かっていてやった!?済まなかったと思っている!?何様のつもりだ!!

 我が子を殴り、我が子を庇った者まで殴る!?そんなもの、愛でも家族でもない!!

 貴様には、生き返る資格などない!!

 我は“冷血の魔女”シルフィア・ローズ!!

 ――問う!生きるか!死ぬか!

 貴様はそれでも、“生きたい”と言えるか!!」


「……何を熱くなっている。魔女。

 してしまったことに後悔はない。仕方ないだろう。

 自分の行動の結果だ。現に俺は死んだ。それで悪いというのか。」



 再びシルフィアの頭の中に、その男が浮かび上がる。記憶と共に。 





 ――ザザ……。



「ユキ。お前の目がこうさせた。

 お前は疫病神だ。全部父さんが悪いのか?」


「………………。」


「そうだ。偉い子だ。そうやって目を閉じていなさい。その目を見ると――」


「やめて!ユキはやめて!……代わりに私が!」



 ――ザザ……。




 映像はそこで途切れた。


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