**生きるか死ぬかを問われれば ─ 白い部屋の魔女シルフィア ─**
藤寝子
プロローグ
第1話 白い部屋と、白い魔女
────この日、俺は死んだ。
しかもケツから酒を飲んで。
「はい!どうもー!かつやっちょです!!今日の企画は世界初ぅ!見てこれぇ!」
その男は満面の笑みでカメラに向かってボトルを見せた。
「シェリー酒!こいつをケツから一気飲みしていくぅ!!!やべぇ普通に飲みてぇ!!!だーがぁー!ギリギリを攻めるのが俺!
視聴者のみんな!いいねとチャンネル登録しろよぉー!!」
笑いと叫びが交錯する。
男はカメラに向かってウィンクを飛ばしながらズボンを降ろした。
「エリンギ君!準備オッケー?」
「ほんとにやるんだな!?いいんだな!?……明日はニュースになるぞ?!」
「上等だ!いくぜぇ!」
ボトルが持ち上がる。
画面の奥から笑い声。
――そして、悲劇は訪れた。
「はああああ!!……ぁ、ぁ、ぁ。あれ、これヤバいや、つ。よ、ょょゃよ、酔ぃすぎ……。ぁ、ぁ。………………。」
男の顔がみるみるうちに紅潮し、瞳が虚ろに揺れる。白目を向いた瞬間、前のめりに倒れ込んだ。
――は?
大爆笑していた友人の顔が青ざめる。
手から、撮影していたスマホが滑り落ちた。
――――そして世界が切り替わる。
……………………白と、静寂。
次の瞬間。
彼は見知らぬ“真っ白な空間”に立っていた。
「うおぉぉぉぉぉ!!何だここ!あっ、配信続いてる!?まさかバズり過ぎて天国!?ついに天国配信!?早くしないと、ってスマホがねぇやん!!」
周りを見渡しても何も無い。ただ白い部屋の真ん中に1人の女性が立っていた。
白と黒のドレス。
雪のような長い髪。
そして……氷のような冷たさを突き刺す緑色の左目。
女は男の様子を見て冷ややかにつぶやいた。
「……愚かだ。
死ぬほど、愚かだ。」
「な、何!?あんた誰!?……あ、もしかして俺を迎えに来てくれた天使のお姉さん!?バカ可愛いやん!死に得ってやつ?いや、ワンチャンドッキリ案件のスタッフっすか!?」
「我が名は、―――シルフィア・ローズ。
“冷血の魔女”と呼ばれている。」
言葉は氷の刃のように、感情が無かった。
「……ここは、生と死の狭間。貴様はお尻から酒を流し込み、愚かにも“自ら命を絶った”。」
「ちょ!!ちょっと待ったーー!!!……はぁ?自ら命を?何言ってんの!?全然ちげーし事故死だろ!なんなら大バズ狙いの企画死だ!……ってかやっぱ俺死んだの!?」
「……どちらでも同じだろう。愚行の果てに死を選んだ“罪”。貴様はここで裁かれる。その情けない下半身を晒しながら。」
「ん?んあっ!ズボン下がったままやん!ちょっと待てって!」
かつやっちょは急いでズボンを捲し上げる。
「我が名はシルフィア・ローズ。冷血の魔女。」
「さっき聞いたわ!」
「貴様の愚行の果てに選択した“死”に未練はあるか?──生きるか、死ぬか。」
どこまでも冷たい目を少しだけ細める。左目の緑。光る緑。
シルフィアは目前の男をじっと見つめた。
冷たさの中にほんの少しの興味が滲んでいた。
「ちっくしょ!未練しかねーわ!もうすぐチャンネル登録者数10万人で死ねるかよ!!」
「くだらぬ。……それでも生を、望むのか。」
シルフィアはため息をつく。
「ならば“試し”に貴様を1度だけ生かしてやろう。」
左手を上に掲げると、手のひらから光が溢れる。光はかつやっちょを包み込んだ。
「は!?まじ!すげぇエフェクト!まじ魔女じゃん!動画映え半端ねぇ!……て、え?“試し”ってどゆこと!」
次の瞬間。かつやっちょの身体は太もも辺りから下が霧のように消えていった。
「は!?なにこれ!戻れるんじゃないの!?」
「はー……」
シルフィアはまたしてもため息を付く。
「力の使い方を間違えた。我は貴様をこの部屋に閉じ込めてしまったようだ。」
「はーあ?じゃここから出れないん?」
「あぁ。そうだ。……チッ。」
シルフィアは顔を歪めた。
かつやっちょの目に映る、シルフィア・ローズと名乗る冷血の魔女。
ほんの一瞬だけ滲んだ悔しみの表情が、かつやっちょの気持ちを少しだけほっとさせた。
どこまでも白く、静寂。そして虚無。
そこに残されたのは魔女と男だけ。
“運命”か。
“生”か“死”か。
“罰”か“救済”か。
──俺はこの時まだ知らなかった。
これが、白い部屋で始まる地獄の同居生活になるなんて。
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