第21話 体調不良?
「副会長、いつもより顔色が悪くありませんか。最近、毎日のように文化祭のお手伝いをしてくれています。働きすぎです。」
家庭科部の部長が、私をじっと注視しながら問いかける。
かつては会話の成立すら怪しかった生徒が、今では私の体調を気遣ってくれた。
大きな進歩だ。
「……?急に微笑んでどうされたのですか?何か良いことがあったのですか?」
「ふふっ、気にしないでください。それに体調も問題ないですよ。」
「いいえ、いつもより体温が高いように見受けられます。」
生徒にきっぱりと言い切られた。
思わぬ圧を感じ、自分の額や首に手を当ててみれば、確かに、いつもより少し身体が温かかった。
まさか、生徒は私を見ただけで体温を把握できるのか。
しかし、気分が悪いといった症状も特にない。
「教室移動ばかりしていたので身体が温まっているだけですよ、きっと。心配してくれてありがとう。」
「そうですか。……ご無理をなさらないでくださいね。」
生徒はまだ納得しきれないのか首を傾けていたが、それ以上は何も言わなかった。
「家庭科部の仕事で、何かお手伝い出来ることはありますか?」
いつものように依頼内容を問いかければ、生徒は両手を合わせて応えてくれた。
「実は、りんごのクッキーを改良したいと考えていました。というのも、図書室に新しいレシピ本が追加されたそうです。参考資料として使用したいです。」
「では、図書室で借りてきますね。」
「副会長、いつもありがとうございます。」
快諾した私の両手を、部長はそっと包み込むように掬った。
最近の生徒は、お手伝いを引き受ける度に、この仕草で感謝を伝えてくれる。
初めの頃の不自然な様子が嘘のように、今ではその動作に感情が滲んでいた。
そんな生徒の変化に頬が緩む。
私はいつもより軽い足取りで図書室へ向かった。
図書室へ向かうためには、生徒会室の壁紙へ行き先を記入する必要がある。
逸る気持ちで「図書室」と書き込み、扉に手をかけた。
「あれっ」
ふと身体の力が抜け、手が扉から滑り落ちた。
視界の端が滲み、遠くのざわめきが水の中のようにくぐもって聞こえる。
重心を失い体勢を崩したが、とっさに扉へもたれかかり、なんとか倒れずに済んだ。
今はもう、力も戻ってきている。
「真宵、今ちょっとフラついていなかったか。」
物音を立ててしまったのか、ルルさんが私の不調に気づいてくれた。
忙しい中で声をかけてくれたことが嬉しい。
だけど、これ以上心配をかけるのはよくない。
小さく力こぶを作り、問題ないことをルルさんへアピールしてみた。
「大丈夫です。移動教室が多かったので体力切れだと思います。」
「ならいいが……。」
ルルさんは少し眉をひそめたが、それ以上は追及しなかった。
「副会長、こんにちは。……教室にいた時よりも体温が上がっています。体調は問題ないでしょうか。」
まさか、生徒から相次いで体調を気にかけてもらえるとは。
もしかしたら、自分では気づいていないが本当に調子が悪いかもしれない。
生徒に言われるがまま、もう一度、自分の額に手を当ててみる。
やはり、気になるほどの体温の変化はない。
「問題ありません。とても元気ですよ。」
「しかし、家庭科室へいた時よりも歩き方にふらつきが見られます。気がかりです。」
……今初めて図書館へ寄ったのだが、家庭科室での私の様子を当てられた。
生徒同士で情報が共有されていたのだろうか。
細かいところまで私を観察しているようだ。
ならば、これ以上悪化しないよう、早く家庭科部のお手伝いを済ませよう。
「あまり、自分では体調不良って分からないものですね。気にかけてくれてありがとう。今日は、この仕事終わらせたらゆっくり休みます。」
「……副会長、気をつけてくださいね。」
生徒は首を傾げたが、それ以上は体調に触れなかった。
「本日は、どんな本をお探しですか。それとも、以前お貸ししたおすすめの本を再度読まれますか?」
「今日は黒い本ではなく……。」
私は生徒に家庭科部の件を伝えた。
図書室の生徒は本の所在を全て把握しているらしく、すぐにレシピ本を用意してくれた。
「副会長、こちらの本でお間違えないでしょうか。」
「それです!お仕事が早くて助かります。ありがとう!」
「役に立てて何よりです。また、ご利用くださいね。」
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