第4話 生徒会会議

 ようやく気持ちが落ち着いた私は、室内を見渡す。

 室内の中心には白い円卓と人数分の白い椅子があり、既に金髪の人が座っていた。  

 また、木製の重厚感のあるデスクには大量の書類が置かれている。

 黒髪の人は赤い布が敷かれた黒のデスクチェアに座り、書類を捌き始めた。

 円卓の付近に置かれたホワイトボードには大きく「文化祭について」「残り2週間」の文字。 

 ……ここは生徒会室なのだろうか。

 

 その予想は、付近に貼られていた見取り図を見た事で確信に変わる。

 見取り図には、ここは1年生から3年生までの学年のほかに「職員室」「図書室」「家庭科室」「生徒会室」などの教室も表示されていた。

 また、この学園には「空き教室」まであるようだ。


「真宵せんぱーい、こっちにどうぞっす。」


 金髪の人の言葉に甘え、彼の横へ腰を下ろした。

 背もたれの高さも丁度よくクッションの柔らかさが心地よい。

 生徒会室の全てが上品で、空気そのものが名門校のように澄んでいた。

 身分不相応な場所に連れてこられたかもしれない。


「みなさん、紅茶を入れましたよ。あなたもぜひ。」


 私が座ったタイミングに合わせて、栗色の髪の人がそれぞれの前に紅茶を用意してくれた。


「えっと……。」


 知らない人から出されたものが飲めず、素直に受け取れない。

 しかし、桃の甘い香りが鼻腔をくすぐり、私の抵抗する意志を削いでくる。


「おや、どうかしたのですか、真宵さん。」

「い、良い香りだなと思いまして。」

「ふふっ。ありがとうございます。本日はピーチティーにしてみました。」


 栗色の髪の人は、生き生きとした表情で黒髪の人へ紅茶を注いでいる。


 ……だめだ、勇気が出ない。

 ただ紅茶を口に運ぶだけなのに、腕が鉛のように重かった。

 記憶がない、情報がない、ということがこんなに怖いとは。

 でも、出されたものを飲まないのは良くないし……。


「――心配ないよ、真宵。この紅茶は大丈夫だから。ほら、安心して。」


 耳元で小さく声が聞こえた。

 声の方向へ振り向くと金髪の人が私に優しく微笑んだ。

 ――その笑顔は暗い廊下に差し込む朝日みたいで、自然と私の恐怖を和らげてくれる。


「――大丈夫だよ、真宵。」


 私は、躊躇いなく紅茶を一口だけ飲んだ。

 口いっぱいに広がる桃の香りと、丁度良い砂糖の甘さが心を解してくれる。


「なっ、大丈夫だろ。よく頑張ったじゃん。」


 金髪の人は、満面の笑みで応えてくれた。


「馨、紅茶をありがとう。」

「いえ、ルルさんのお口に合って何よりです。真宵さんも、美味しそうに飲んでくれてよかったです。」


 黒髪の人は紅茶を飲み干せば、書類を捌く手を止めて全員を見渡す。


「では、生徒会会議を始めよう。」


 力強く洗練された声が生徒会室に響く。

 いつの間にか、栗色の髪の人も円卓へ着席していた。


「議題は2週間後に行われる文化祭について。先に要点をホワイトボードにまとめておいた。聞きたいことがあれば挙手で頼む。」


 せっかくのタイミングだ。今、私が一番聞きたいことを聞こう。

 誰にも見えないように拳を力を込め、躊躇いがちに手を上げた。


「あなたたちは誰、ですか……?」


 生徒会室が静寂に包まれた。

 彼らの態度から生徒会の仲間として私を信頼してくれていることが伝わる。

 しかし、私は3人のことを名前も知らない上、思い出そうにも黒い靄が邪魔をした。

 このままでは、気が休まらず、みんなにも失礼だ。

 

 一瞬なのか、何時間も経ったのか。


「はぁ?真宵、俺様をからかっているのか?」

「ふふっ。もしかして、寝ぼけていらっしゃいますか?かわいらしい。」

 黒髪の人と栗色の髪の人がおおかた想像通りの反応で沈黙を破ってくれた。


「……」


 しかし、金髪の人は、険しい顔をしたまま無言を貫いている。


 決してからかってない。

 ……本気で聞いたのだが、この反応だと全員からギャグだと捉えられていそうだ。

 そして、この空気から察するに、思いっきりスベっている。

 これ以上、場に耐えられない。

 身を隠すように頭を抱え、ひとり反省会を行う。


「――顔を上げて、真宵。」


 言われるがまま顔を少しだけ上げれば、隣にいた金髪の人が私の瞳を覗き込んでいた。

 ――その笑顔は木漏れ日のように優しく、どこか懐かしさを感じるものだった。

 ――彼の笑顔は、私の心に光を与えてくれる。


「大丈夫だよ、真宵。」


 不安をじんわりと溶かすように彼はゆっくりと囁く。

 そして、そのまま彼は椅子から勢いよく立ち上がった。


「どうかしましたか、秀一くん。」

 

訝しげに栗色の髪の人が問いかければ、金髪の人は虚空を見上げて嘆いた。


「ああ~~、僕も急に先輩方のことが分からなくなったっす~~。頭打ったかもしんないな~~。」


 もう一度、生徒会室が静寂に包まれる。

 金髪の人は先程の私以上に頭を抱えたと思ったら、そのまま膝から崩れ落ちた。

 ガタンと大きな音が一際目立つ。

 棒読みな演技が一周まわってシュールだ。

 次第に私たちの様子を見ていた2人から笑い声が漏れていた。


「あらあら、大変ですね。ルルさん、せっかくなので可愛い後輩たちに、もう一度自己紹介をしましょうか。」

「なるほどな。くくっ、俺様を忘れるとは。――面白い。ほら、2人とも顔を上げろ。」

「先輩方、流石っす!わかってくれると思ってたっすよ!」


 顔を上げて目を輝かせた金髪の人は、急いで椅子へ座り直す。

 私も、聞き逃さないために体を起こした。


「よく覚えておきな。俺様は3年、生徒会長のルル・マルランだ。」

「私は3年生、書記の夜行馨やこうかおるです。よろしくお願いします。」

「僕は1年生、会計の佐藤秀一さとうしゅういちっす!真宵先輩、仲良くしてくださいっ!」


 黒髪の人が、ルル・マルラン。

 栗色の髪の人が、夜行馨。

 金髪の人が、佐藤秀一。

 このゲームの中で初めて出会ったキャラクターだ。

 忘れないように何度も頭の中で反芻する。


「ほら、俺様がこうやって、もう一度自己紹介をしてやったんだ。ついでだ、お前もさっさとしろ。」

「立花真宵です。……以上?」


  ルルさんに促されるまま自己紹介をした。……が、今の自分は名前しか答えられないのだった。


「真宵先輩は、副会長で僕の1つ上っす!いつもお世話になってます!」

「こちらこそ、お世話になります。秀一くん。」


 ありがとうございます秀一くん。

 私の知らなかった生徒会での私、今知りました。


「あぁ。――よろしくな真宵。」


 ルルさんの瞳が、熱を帯びたように輝いた。

 そんな視線を向けられるようなことをした覚えがない。

――が、なぜかずっと待ち望んでいたものが手に入ったような興奮が、私の身体を熱くした。

 理由はわからない。だけど、不思議と心地よい感覚だ。


「ふふっ、真宵さん。同じ生徒会なんですからもちろん知っていますよ。今更の自己紹介なんて、面白いですね。まるで、本当に記憶がないみたいじゃありませんか。」

「そんなまさか。馨先輩も大袈裟っすね!」


 馨さんも秀一くんも、笑いながら紅茶を飲んでいる。

 その「まるで」が大正解なのだが、浮世離れした話を信じる人もいない。


「さぁ、余興も済んだだろ。さっさと議題に戻るぞ。」

「そうっすね。改めて自己紹介するの何だか新鮮で楽しかったっす。先輩方、お付き合いありがとうございました!」

「ありがとうございました。」

 

 秀一くんと一緒に頭を下げる。

 不安でいっぱいだった胸の奥に、ようやく小さな灯がともった気がした。

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