ウラカ激怒からの逃亡

 普通、死んでるし。

 シンはレイを抱き締めた。もう戦わなくていいんだよ。レイも腰に腕を絡めて抱き返してきた。もうすべて済んだから。レイの全身から力が抜けるのを感じた。


「守ってくれてありがとう」

「うん」

「もういい。帰ろう」

「どこへ?シンは自分の世界へ帰らなくていいの?」

「レイに会いたくなったんだ」

「そか」


 ラナイが向かってきた。

 すかさずレイも攻撃に入ろうとしたところ、シンはレイを止めた。


「ラナイ!」


 ウラカが土塁の上で叫んだ。気を逸らされたラナイが転んだ。


「頭を冷やしなさい!いつまでこんなことをしているの?」


 逃げ腰のウラカの前で、次第にラナイの殺気が落ちてきた。


「あなたに話があります」

「は、話?」

「寝ながら聞く気ですか!」


 ラナイは起き上がった。寝ながら聞いていたのではなくて、転んだまま起き上がれずにいた。


「あなたが共和国軍に雇われたことは噂で聞いていました。少しは落ち着いたのかと思っていれば、この騒ぎは何ですか」


 もちろん騒ぎは一人では起こせないんだけどね。


「もう少し慎みなさい!」

「すみません」

「もう教会の騎士団に入る夢は諦めたのですか?」

「わ、わたしなんて……」

「すぐ逃げようとする。わたしなんて何ですか?」

「何でもありません」

「自分の言葉を相手に伝えることを学びなさい」


 ウラカには今の言葉をそのまんま跳ね返してやりたいくらいだ。ギリギリまで押し込むから、とんでもないところで爆発するんだぞ。


「申し訳ないし」

「試験に落ちたこと?わたしがそんなこと気にするとでも?」

「理由が理由だし」

「逃げることから学べるものはありません」


 何か嫌な展開だった。

 シンとレイも黙っていた。すでにウラカの沸点は超えている。ここはひたすら静かにしておこうと二人で呼吸を合わせた。ラナイがかわいそうになるが、それでも何も言う気にはなれない。火の粉は払いたい。

 わずかな間が空いた。


「そもそも!二人が逃げていなければ、こんなことにはなってなかったのよ!」


 ウラカは、斬るようにシンたちを睨むと、レイは逃げようと囁いた。

 後ろでは落ち込んでいるラナイをモッシが慰めようとするかのように見上げていた。


 モッシ、おまえも策士だな。


「もう共和国軍なんて戦闘不能じゃないの!」


 ウラカは丘を指差した。


「どうして二人とも穏便に済ますことができないの!」

「まだ残ってるじゃん」

「レイ、何も言わないで!これ以上言われたら爆発するから!」


 ウラカは地団駄を踏んだ。もうすでに爆発している気がする。


「わたしはラナイからシンを守ろうとしただけだし」

「わたしが話してるの!」


 ウラカは三人を並ばせた。後ろを向いて丸まっていたモッシも呼び寄せられた。シンはモッシと街は壊していないことにホッとした。


「一人と一匹!」

「はい」とシン。

「わん」


 都合の悪いときだけ犬ころになるのかよと呟くと、俺様を巻き込むなと返してきた。巻き込まれたのはこっちだとやりあった。


「この状況を教会はどうすればいいの?ロブハンのことはどう話せばいいわけ?」

「他の奴らが話してくれるかと。僕は教会の信者じゃないし」

「そんなこと言うの?じゃわたしも言わせてもらうけど、白亜の塔を潰してコロブツ湖の形まで変えたのは誰?あなたが捕まらないように必死だったわたしは何なのよ!」

「先生、少し落ち着いて」


 猛者だな、ラナイ。

 ん?先生?


「ラナイ、あなたのしたこともすべて不問にしたのは誰かわかる?」


 今この瞬間、ウラカの中でのラナイの聖域は解除された。


「ありがとうございます!」

「いいわ。わかったらさっきからうろうろ飛んでる鳥獣をかごに入れなさい。住民が怖がるから」


 そろそろだぞ、犬ころ。もはや聖獣扱いされると思うなよ。もうラナイに乗り換えられたのかと。


「モッシ、わたしから離れたいんなら離れればいいわよ。そこまでふてくされるんなら選びなさいよ!」

「ウラカ様です!」


 早っ!


「聞・こ・え・な・い!」

「ウラカ様しかおりません!」

「よろしい。もう二度と蒸し返さないわよね?」


 ウラカはレイに、


「あなたは教会に来るの。力をコントロールする術、読み書き計算、人としてのたしなみを学ぶ」


 ウラカは返事を待った。シンたちもちゃんと答えてくれと願った。


「どして?」


 シンはレイを抱えて、戦禍を逃げる列まで一目散に走った。ラナイは鳥獣の足を掴んで飛び去った。

 残されたのはモッシだ。


「モッシ!」

「はい!ご主人様!」

「ひとまずわたしは調停団とハイデルに戻るわ。あなたは十日以内に三人を連れてきなさい」

「私一人で?」

「文句ある?」




 逃亡は呆気なく終わった。

 落城後の混乱の中、どさくさに紛れて逃げようとしたが、思うようにいかなかった。王国の敗残兵が追われる姿や市民への強奪行為や人買い行為などを見続けた。映画や漫画のように都合よく姿を消してしまえるわけでもなく、どうやって離れようと考えていたとき、ズミに「見つけた」と袖を引かれたのだ。

 本心を言うと、シンもレイも少し安心していた。人々の荒々しい面を見せられて疲れたし、すべてが浅ましいとは思えない自分もいた。

 二人ともハイデルに戻された。

 宿で待たされ続けた。待遇はハイデルから逃げる前よりも良くなっていた気もする。教会として何か含むものがあるのかもしれない。


 数日後、シンたちは呼ばれた。

 他には窓辺に机と椅子、前には教卓のようなものが置かれていた。

 一室では僕を真ん中に左右にレイ、ラナイが椅子に就いていた。三人ともラフな格好を許されて、特に何をしろとは言われていない。

 なぜラナイがいるんだろうか。

 ラナイは整った顔立ちで、肌は少し日に焼けて、後ろで黒髪を一つにまとめて身ぎれいにしていた。


「二人して見てんじゃねえよ」

「喋らなければいいのにとか言われたことない?」


 レイが尋ねた。


「てめえ殺されたいのか。それにてめえには言われたくねえわ」

「どしてここにいるの?」


 レイは人に興味がある。殺し合いをした相手としてもだ。よく話せるなと思うし、シンの世界では喧嘩した相手と仲良くなれるのは凄い。


「知らねえよ。責任とらされるとかじゃねえの?あの後撤退するのがひどくてさ。参ったよ。後ろの森は焼き払われてるし。ろくでもねえ奴らの寄せ集めだし。難儀した」


 しかしウラカの弟子のこのラナイという人も凄いな。ざっくばらんに生きているように見えるが、コミュ力お化けだ。


「撤退しやすかっただろ」


 シンの軽口には、


「てめえは背水の陣っての言葉知ってるか?」


 ラナイは尋ね返した。


「責任なら教会は無関係だ。共和国で追求されるんじゃないか?」

「わたしたちは逃げたところで奪い合いとか巻き込まれたわよ。逃げなきゃよかったて話してたくらい」

「まったくだよ。好きに略奪しやがるから見つけ次第殺したわ。くそ腹立つんだよ。そのせいで部隊内で殺し合いだぞ。わたしなんて首に賞金出たんだからな」

「いくら?」とレイ。

「まさかてめえ……」

「聞いただけだよ。それにラナイさんを殺せるわけないし」

「シン、てめえの相棒はてめえの実力わかってねえのか?」

「か弱い子羊なんです」とシン。

「そもそもてめえらがバカみたいな魔法落としてきたんじゃねえか」

「城は落としたんだろうが」


 シンが返した。


「入ってくるなよ。あぁ落としたのはわたしらだ。でも後のことは知らねえよ。入城は他の軍だ」


 ラナイは興味なさそうに答えた。 

 シンが調停なんか気にせずに、さっさと攻め込んでいればよかったんだよと言うと、非常識だと答えた。


「おい、レイ。基本的にこいつの考えが逝ってるんじゃねえか?」

「こいつじゃないよ。シンだよ」

「てめえらみたいなことできるわけねえだろ。捨て駒でも二万の兵を預かる身なんだよ。そもそも調停なんて入れるなという話だけどさ。前の軍が壊滅したんで共和国もビビったんだ。慌てて捨て駒になる奴らを寄せ集めて、わたしを指揮官に仕立てたんだ。捨て駒の頭だ」

「ウラカ卑屈すぎる。あれだけ強いのに。認めてくれてるよ。レイも殺されるかと思ったと話してたよ」

「ありがとよ。わたしもてめえ自身の実力くらいわかるよ。人の上に立てねえことも含めてな。わたしはポンコツだし」

「で、なぜここにいるんだ?」

「だからさっきから知らねえって言ってるだろうが。おい、レイ。てめえの相棒、ちょっと頭の釘が抜けてるんじゃねえのか?」

「でもわたしのことキレイだって褒めてくれたわ」

「てめえら二人おかしい。人を慰めようって気はねえのか。ポンコツって言葉をしらっと流されたら、マジもんのポンコツじゃねえか」


 ラナイがキレ気味に答えた。


「ポンコツは指揮官になれない」


 レイが口を挟んだ。


「それも解任されたよ」

「どして?」

「ボコボコにされたからじゃね?」

 

 

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