ミアの言葉と教会の密使
[シン]
再び医療部へと戻った。夜なのに働き者が多い部署で、誰かしら働いていた。シンは仮眠室で寝ているミアを起こした。謝ると「熟睡したわ」と微笑んだ。レイは疲れてないのかと心配していた。
「交替制だし。でもこんな夜にどうしたの?」
レイにも話していたが、改めてミアにも聞くために来た。足を斬られた剣士のところへと案内された。
「くっつきそうなの?」
レイが尋ねた。どこまでできるかわからないが、術師は何とかしようとはしているとのことだった。まるまる気休めでもないようだ。
「ダセカは蘇る?」
「できればいいけどね」
ミアは無理だと小さな笑みで答えた。肉体の死後、魂は解き放たれる。今、ダセカの魂は流れへと還っているに違いない。
「レイ、まだ武器持ってるの?」
「油断すると、シンはすぐ使おうとするから持ってるの」
「どうしょうもない人ね」
「ミア、僕も喜んで使ってるわけじゃないんだ。斬り合うなんてしたくないよ」
シンはふと考えた。
「レイ」
「ほい」
「まだアレできるの?」
指を天井から地面に動かした。星を降らせる術。
「試してみないとわかんないけどできると思うけどどうして?」
「ここは見晴らしがいいし、一気にやっちゃえばよくね?もう和睦なんて気にしなくていいんだろ」
「やっちゃう?でも全部わたしのせいにならない?」
「なるだろ」
レイは「簡単に言うなぁ」と口を尖らせた。目の前の第五軍を倒したとして、他の軍が押し寄せてくるだけになる可能性もある。絶対に来るよな。王国の同盟があるんなら戦えるが、ここが孤立無援ならばどこまでも繰り返しだ。
「和睦以外の道ある?」
レイが言うなんて珍しい。僕はつい今考えていたことを話した。レイも同意見で、あの術を使うのはいいけど、ずっと同じことやっていられないし。冬になれば食料も少なくなる。そうなれば街の人は城を頼ることになる。しかし城としてはすべてを抱え込むわけにはいかない。彼らを追い返すしかない。
「僕たちが和睦交渉に行く?」
「何するの?」
「話し合い」
これまで話し合いで話し合えたことがあるのか。
「殺されるんじゃないのか?」
「殺せばいい」
「話し合いじゃないじゃん」
「二人で相談してるところ悪いんだけど」
ミアが割って入ってきた。
ここは医療部の診察室兼病棟だった。シンたちは慌ててすぐに出ていくと言うと、そんなことはどうでもいいのよと答えた。
「あなたたちが国王や王子様のためにそこまでしてやる義理ないわ。この街のために命を犠牲にすることもないと思うの。剣を教会から預けられたのは王国なんだし」
ロウソクの火を移し替えた。
「その剣を扱えるのはあなたしかいないかもしれないけど、あなたに任せていいことにはならないわ」
「ミアは好きだ」とレイ。
「わたしもレイが好き。でもだからこそ、わたしはあなたたちには生きて逃げてほしいと思うわ。どこの誰かもわからない弟のためにしてくれたことも含めてね」
ミアは淡々としていた。
「こんな城と一緒に野垂れ死ぬことないのよ。この状況を招いたのは国王なんだし。もっとうまく立ち回れていれば、戦も回避できていたかもしれない」
レイが「ミアは逃げないの?」と尋ねると、塔の街で死んだ商人の父を思い出すと、逃げることは簡単ではないことは理解していると。
「ここにおいででしたか」
セゴがノイタが呼んでいると告げに来た。呼んでいるのは僕だけだということで、僕は別の知らない剣士にノイタの執務室へ案内された。
「お一人ですか?」
「僕を呼んだのでは」
「シン殿と命じましたが、二人一緒に来るのかと」
シンは椅子に腰を掛けて、執務机越しにノイタと向かい合った。レイと一緒にいたいんだなと思った。
「必要なら呼びますが」
「二日後、聖女教会からの密使が来るということです。国王宛に封書が届きました。私も読みました」
「何のために?」
ノイタ王子は溜息を吐いた。もはや援軍など来るわけはない。国王も期待はしていない。
「何のために受け入れるのか」
と尋ねると、ノイタ王子はわざわざ教会が来るというのに断る理由はないだろうと素っ気なく答えた。
「調停だよ」
「調停?」
王国と共和国軍の話し合いの間に入ろうということらしい。政治では一人や二人が死んでからが本格的な話し合いになるのか。
「誰が頼んだんですか?」
「陛下だ。君の剣のことを話しておいたんだが、さすがに動きが早いというか調停のメドが立ったから剣のことも見たかったんだろうな」
「教会の剣ですけど」
密使の場には、もちろん教会の密使、国王、第二王子、宰相が向き合うことになる。
シンは警護の剣士の二列目に並んだ。教会の礼服姿の者が三人現れ、次に国王が現れた。挨拶を終えて、話し合いになった。
しかし仲間の軍使が殺された剣士は理性で本能を押し殺していたのはさすがだ。つまらない調停内容など持って来れば、八つ裂きにされてもおかしくはないなと思った。
「今回は降伏の提案に来ました」
聞いたことのある声だな。評議会お抱えのロブハン殿か。隣にいるウィンプルの老婆は、まさかウラカじゃないだろうか。ロブハンは調停を見越して、ハイデルまで来ていたのかもしれない。
「援軍の話ではないのですか」
ノイタ王子が驚きを見せた。
上手い芝居だ。
教会の人間が親書を渡した。まずは国王が読み、続いて王子、宰相が読んだ。宰相殿が読んでいる間、
「教会殿はこちらの軍使が殺されたことはご存知ですか」
ノイタ王子は雑談のように尋ねた。
「塔の剣を持ち帰った者が命を落としました。剣のことは陛下にも迷惑になるかもしれませんので、承諾は後にしました。三人にしか誰にも相談していません。しかし彼は途中で何者かに襲われました」
「まるで我々が漏らしたかのように聞こえますが」
「気のせいですよ。そう悲観的に捉えないでください。こういう戦場では目や耳はたくさんあります」
さすが王子殿だ。ロブハンはしょせん飼い犬というところか。悔しさに顎の筋肉が動いた。それにしても教会は何をしに来たんだろうか。
「教会殿はこの内容をご存知で?」
白髭の宰相が尋ねた。
ロブハンは、かすかに頷いた。
「話になりませんな。これで同意するとお考えでしたか。降伏条件に王族や責任者の処刑とありますが」
「我々は王国と共和国の話し合いの橋渡しをするために参りました」
「子どもの使いではあるまい。もう少しまともな話を持ってきてくれるかと思えば、よくこんな内容を持ってきたものだな。で、援軍は?」
「教会からの援軍はございません」
ウィンプル姿の老婆が気持ちのこもっていない言葉で答えた。ただ資料を読んでいるだけだった。
「領民のことをお考えになれば戦うはお忘れになられた方が」
「領民の心配までしていただいてありがたいことです」
ノイタ王子が答えた。
突然、
「我々は近いうちに街を開放する」
国王が低い声で伝えた。
「民が避難する時間がいる。伝えるがいい。共和国軍が民のために戦うという大義があるのならば、できるのではないか」
国王はロブハンを見据えた。
重苦しい空気が満ちた。一国一城の主がロブハン一行を圧した。護衛の剣士も、国王陛下とともに士気が込み上がってきていた。
「時間稼ぎではないのですか?」
「誰と話しているのだ」
ノイタ王子が失礼だという意味でロブハンに尋ね返した。ロブハンは聞こえないくらいの声で謝罪した。
「わきまえてもらいたい」
「良い話し合いができた。休憩だ」
国王は席を立ち、
「ノイタ、教会殿らがくつろげるようにしてあるのか」
「はい」
「うむ」
宰相に目配せをして、一緒に来るように命じた。残されたノイタ王子は快活に話し始めた。
「ではしばらくおくつろぎくださいますように。調停団を斬り捨てるような無粋なマネはしませんのでご安心ください。後に陛下の提案を敵陣へ持参してください」
ノイタも堂々と離席した。
シンも離れた。
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