巨大鳥獣と巨大クロスボウ
[レイ]
いったん空高く舞い上がった怪鳥は、再び城に急降下した。城にぶつかるたびに、衝撃と苦しげな鳴き声が街に響き渡った。これだけでも住人を怯えさせるのに十分だった。
「あ!」
レイは東の教会の向こうに、二匹の怪鳥を見つけた。二匹とも続けざまに超高速で城へ突っ込んだ。びくともしない城の結界に怯んだ。もう一匹は街の上で旋回を繰り返した。
「連中、どうする気だろ」
「あれは何?」とレイ。
「この世界が長いレイにわからないもんが、僕にわかるわけないよ」
「そりゃそうか。凄いね」
街は騒がしくなってきたな
「見に行こうよ!」
「マジで?」
「せっかくなんだし」
「何がせっかくなんだ……」
レイたちは教会から離れ、路地を走り抜けると、丘の上に向かう長い階段を上がりきった。石造りの神殿が建っていたが、もはや誰にも見向きもされていない様子だった。
「何の神様だろ?」
レイは気になった。時間があれば興味本位で調べたい。コロブツで神様がいることを知った。他にもいるのではと気になる。自分の住む世界にはいろいろだとわかると、面白い発見がある。ちなみにコロブツの教会も湖の精霊の土地に建っていた。
「ここも精霊の土地かな?」
「どうだろえね。とにかく逃げるにしても街全体見えないと、どこに逃げるのかすら判断できないよ」
「上へ行こう。見えやすい」
レイは屋根を指差した。
「あそこなら見えるよ」
「見えるかもだけど。見つけられるかもしれない」
レイは少し考えた。下でも騒動に巻き込まれられるだけだし、探索ついでに行こうシンを促した。
「シン、いや?」
「別に構わないけど。ここでうろうろしてても騒がしいだけだし」
「同じ考えっ!」
すでに聖堂のあちらこちらのレリーフは剥がされ、誰かが暮らしていた気配もある。何を祀ってあったかすらわからない。建物の祭壇裏、はしご段で屋根裏に向かった。
「何もないわね」
「そこに死体がある。壁際にも。女と子どもかもね。二人とも冬越せなかったんだな。かわいそうに」
シンは手を合わせた。塔の街での冬のことを経験した彼には、他人ごとのように思えなかった。
「何?」
「南無阿弥陀仏だよ。なむあみだむつ。僕たちの世界では死んだ人に言うんだ。他にもあるけど」
人が死ぬと、魂が阿弥陀様という仏様のところへ行く。そのときに見送る者が、どうか今から行く人をよろしくお願いしますと祈る。
屋根裏は意外に光が差し込んでいた。かつては栄華を誇っていたであろう建物は、打ち捨てられた後は、たいていこんなものだ。建物が潰されていることも多い。
「いろんな宗教があるんだよ」
「こっちにある白亜の塔とか精霊とか教会みたいな?」
「そうそう」
二人は屋根に上がった。
「また死体だね。こっちは干からびて白骨化してる。なむあみだぶつ」
シンも隣で手を合わせた。
レイは怪鳥を見上げた。全体は銅褐色で長いくちばし、緑の目、背びれのついた首、コウモリのような翼を持っていた。気味が悪い。
「城も攻撃を防いでるわ」
「なかなか凄い迫力だね」
「上に来てよかった」
レイは怪鳥の動きを見ながら感心していた。シンは奴らがどこから来たのか推測の材料がないか探した。
「おお?」
「どしたの?」
すでに一つの軍が南の丘陵地に布陣していた。迷いの森を背にハイデルの側からも、逆の側からも進軍していた。リュックから取り出した望遠鏡を延ばした。巨大なテントが設営されつつある。そこには真紅の旗がたなびいていた。シンは覗きたそうなレイに望遠鏡を渡した。
「あれが援軍?」
「五軍じゃない?僕たちが来るとき森の向こうにもいなかったし、ハイデルまでの街道にもいなかった」
聖なる山から迂回して、南に陣を敷いたんだなと、シンは呟いた。
「籠城戦だな」
「ろうじょう?」
「城に籠もるんだ」
「ごはんとかは?」
「わかんない。誰か味方が来るまで待つしかないんだろうけど」
西は多少狭いが、あの丘に陣を置けないこともない。しかし誰もいないように見えた。そしてレイは東を覗いて、眩しいと顔を背けた。
「お日様を見るからだ」
「目がぁ!目がぁ!」
「つまんないことしてないで、逃げる手段考えよう。こっちからは逃げられるかな。森と峠越えだな。森と峠にはろくな思い出がない」
「街にいてもしようがないし。わたしたは攻められるいわれもないもんね」
「街の人には悪いけど」
「鳥に襲われるのも嫌だし」
レイは望遠鏡で丘を見ていた。
「何か凄い武器?」
「どれどれ」
シンはレイの持っている望遠鏡を覗いた。南西の丘の陣には、複数の巨大なクロスボウが組み立てられていた。狙いはここだ。まともにここに飛んできそうだ。
「落ちろ!」
レイは叫んだ。
一匹が城に激突する瞬間、あさっての方へと向きを変えて街から離れた丘へ突っ込んで、しばらく藻掻いていたかと思うと、緑青の柱に覆われて炎を上げて丘へと落ちた。
「……」
「レイ、今の何?凄くね?」
シンはレイの手を持ち、食い入るように指を調べた。
「倒せそう」
レイは銀の額飾りをネックレスにした。そして街を脅すように旋回する一匹に狙いを定めて、右の拳で
「死ね!」
と殴りつけた。怪鳥は首がちぎれて頭が破裂し、胴が南の土塁に衝突した。レイは神妙に自分の拳を見ていた。
「えぐいな」
「わたし強い」
レイの場合は攻撃のバリエーションが増えた。しかしレイは神々しいまでの明るい顔でシンを見た。
「シン、やってみなよ」
多分、できないと思うよと言いつつ、シンも同じようにしてみた。
「爆発しろ」
怪鳥は粉々に吹き飛んだ。
「シン、凄い!」
「そっかな」
何だか照れくさい。
「そんな力あるんじゃん!」
レイはシンの手を取って感極まったかのように抱きついてきた。
「お姉さん、うれしい!」
「待て。誰がお姉さんだ」
「あ……」
急にレイは暗い顔をした。
「シン……」
レイは手の平でシンの首を拭うようにした。そこにはべったりと血がついていた。彼女は無言でシャツの腕を裂いてシンの首に巻いた。
「使わないと約束して」
泣きそうな顔をした。このリングはシンの命を削るのか。ひょっとしてレイが術を使うときも、シンの命を糧にしてるのかもしれない。
不意に西の陣から風を裂く低音が押し寄せてきた。とんでもない大きさの矢が街へと射掛けられた。
「来た!」
しかしあれくらいは結界があるから大丈夫だ。矢はシンたちの頭上を衝撃とともに飛び越えて、轟音と中央広場と城の間に突き刺さった。
「何で?」とレイ。
第二、第三の矢が時間を置いて飛んできた。第五の矢がシンたちのいる神殿の丘に突き刺さった。
「シン、結界壊れた」
「修復するだろ。こんな大きな結界が壊れたらおしまいなわけない」
中央の陣から閃光がしたかと思うと、西の教会が倒れた。刻を告げる鐘が陰鬱な音とともに落ちた。
再びの閃光。
東の教会は跳ね返した。中央の結界も復帰した。まだ結界は一部を覗いては機能していた。機能していない一部というのは、ここだ。
「逃げよう」とシン。
「どこへ?」
閃光が煌めいた。レイはとっさに両手の平を差し出した。衝撃が岩で別れる水のように後ろの建物へと流れた。城の下までの建物が薙ぎ倒されていた。神殿が倒壊した。
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