野宿

[シン]

 ガラルは倉庫の村だ。

 シンの感想はやけに荷降ろしが多いなということに尽きる。こんな商売をしている連中は、目つきが鋭いような気もする。船から降ろした荷物を改める動きも、台帳に走らせる筆もキビキビしていた。

 埠頭に降ろした荷物は、荷馬車に積まれて内陸地へと運ばれる。内陸地から来たものは、船で他の港へと運ばれる。だからいつもは荷船で混雑しているが、今回は僕たちを乗せてくれた船が次の荷物も手に入れた。ただ内陸地からの荷物が少ないとこぼしていた。

 女船頭は、ここの荷は他の連中に任せて、ボノルの港へ行くと決断した。倉庫の持ち主がボノルで積荷が積めないと話しているのを聞いて、今から出航して夕暮れまでに戻れると判断したらしい。代金を上げると交渉したようだ。

 レイは風を見てくれと頼まれたので、マストを見た。そしてまだ鳥はいると答えた。船頭はボノルの積荷に賭けた。彼女の腕に信頼があるからこそだが、荷主も彼女に賭けていた。船頭一家を乗せた船は、力を込めて埠頭から離れると、すぐに風を捉えて入り江の陰に消えた。

 シンたちは女船頭から荷主に頼んでくれたことで、街までの荷馬車に乗せてもらうことができた。船の揺れや馬車の揺れとは違って、荷物で生まれなくてよかったと思った。


「なぜ旅の支度してたの?」

「レイが来るかなと」

「一人で行く気じゃなくて?」

「来なければ寝てた。僕にしてみればどこでも同じだしね。それに」

「それに?」

「逃がしてくれたんだよ」

「ウラカが?」

「何となくね」

「そか」


 やがて森を抜けたところで、シンたちは荷物の間から入ってきた夕日の眩しさに目を覚ました。すぐに丘陵地が広がっていた。収穫を控えた麦は風に揺られていた。


 荷馬車は揺れながら下る。

 岩山を背にした城が見えた。石垣が尖塔が一つ、二つ、三つの尖塔をつないでいた。


「ヒルダルの館みたいだね。絵で見た」


 レイが言った。この不穏な感想に巻き込まれることになる。

 丘陵地を抜けた荷馬車は土塁の間の道を通り抜けた。土塁は空堀を含めて高さが十メートルほど、土台の幅は二十メートルほどある。上は雑木林で埋め尽くされていた。

 荷馬車は二つ目の土塁の前で右へと曲がり、そこにある広場で荷物を降ろした。ここからは街の業者が引き継ぐということて、シンたちは別れることにして、礼を述べた。

 シンたちは巨大な土塁沿いに歩いた。街は逃げない。ゴリゴリに凝った体をほぐす意味も兼ねて、寄り道をすることに決めた。砂利の多い歩きにくい道だったが、誰もが忙しそうに行き交っていた。


「これが街?」


 レイが首を傾げた。彼女は急いでいる男を捕まえて尋ねた。


「ルテイムの街ですか?」


 男は土塁の内がルテイムだと走りながらも答えてくれた。 


「だって」


 土塁と土塁の間には、板きれに石を置いた屋根の家が十数軒、また十数軒と建っていた。土塁のせいで丘の向こうは見えない。この世界の街はどこでも壁を隔てて、田舎から出てきた人々で拡大しているようだ。


[レイ]

 レイは板葺きの家を覗いた。シンを背に隠すように勝手に入ると、誰もいないし、性格臭もない。


「夕暮れなのにごはんの気配ないもんね。ほら、誰もいない」


 他の家からも誰も出てこないことをシンに教えた。自分も貧しい村に住んでいたのでわかるが、いくら眩しくても人の臭いはある。隣の家を覗いた。シンが人にするなと言うくせにとレイの肩越しに覗いた。薄暗い家のカマドには火もなかった。器などもなさそうだ。外ではレイがつるべ井戸から桶を引き上げてみた。


「飲めそうよ」

「要するに?」

「使われてたということね」


 レイは適当な風除け場所を探して野宿をすることにした。教会から盗んできた干し肉を食べると、二人とも贅沢な気持ちになれた。こんなことならもっと持ってきたらよかったと思いつつ、シンが荷物からチーズの塊を出してきた。チーズをナイフでスライスした。レイは食べようとしてやめた。これは石けんだ。他に布巾や着替えも盗んできていた。


「宿から盗んだんだけどな」

「石けんもいるよ。他には?」

「んなもんこれだよ」


 シンが金貨と銀貨を見せた。


「何枚?」

「革帯に金の板が三枚、ブーツには棒が一、二、三本だね。財布の中には銀粒十粒と銅粒八粒」

「誰の?」

「ウラカの部屋だね」

「なぜ入れたの」

「そりゃ彼女が風呂に入ってたときを狙ったからだよ」


 シンもはじめて会ったときからたくましくなってきたなと、レイは一人で笑いをこらえた。

 

 どうせならと、レイは空き家を借りることにした。外とどう違うのだと言われると、屋根と壁とベッドがあるくらいだ。しかし埃が舞っていない中で眠れるのはいい。

 ここも決していい暮らしをしているとは思えない。すでに布団も鍋もない。初めからないのか、誰かが持ち出したのか。住人も生きているのか死んでいるのか、また逃げてしまったのかわからない。ただレイの眼は邪気はないと判断した。


「もう誰が死んでるのか生きてるのかわかんないよ」

「コロブツのこと?」

「トマヤたち、生きたかったんだろうなと思う。でも僕は……」

「うん」とレイ。

「力をつけたい。守れる力を」

「寝よ」


 レイはシンが悲しまなくていい力をつけてあげられるなら、そうしてやりたいと思った。

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