08

 ベイスターズの連勝は一旦9でストップしたものの、その後も順調に勝ち星を重ねた。8月11日の広島カープ戦では、最大8点差を引っくり返してサヨナラ勝ちを決めた。

 勢いがあの頃に似てきた。あの頃というのは、もちろん日本一に輝いた栄光の1998年のことだ。首位ヤクルトとの直接対決となる、14日からの神宮3連戦にはすべて行くことにした。

 

 お盆の歌舞伎町は空いていた。

 観光客が訪れるようなまちでもないし、昼間の人出もそんなに多くない。

 前日に雨が降ったせいか、地面から下水のような匂いがした。うわべだけの太陽も姿を消し、重く垂れ込めた雲が都庁ビルの34階から上を覆い隠している。


 性感ヘルス「モーミヤン」(お尻の大きな女の子を集めたそうだ)にノートパソコンを届けた帰り、おれはミラノ座前に立ち寄った。

 メダルゲームの聖地として知られているゲームセンターの前では、子どもたちが太鼓のゲームで騒いでいる。マラカスを振るゲームが世に出て以来、もはやなんでもありだ。

 広場の隅っこにはホームレスたちがいた。路上に伸びている者もいれば、額をひっつけあって話している者もいる。誰もがのんびりとしていた。


 パチンコ屋の横に早咲がいた。地べたに直接座って、今日もちくわを食べている。今日は月曜日なので、この時間帯ならシフトに備えてカプセルホテルにいるはずだ。

「今日は段ボールはないの? さっき納品した店は、外階段に段ボールをたくさん置いてたよ。そこからもらってこようか」

「ああ、大丈夫です。そんなに長居しませんし。でも、今後お願いするかもしれません」

 社交辞令としての「今後」だというのはわかっていた。早咲は頼ることができない男だ。

「でも、そんなところに段ボールがあるんですね」

「ああ。雑居ビルの外階段なんて、段ボール置き場か洗濯物を干す場所に大体なってる」

 早咲は顔を合わせようとしない。目をそらす。


 おれは聞きにくい話題を切り出した。

「あれ、今日はシフトじゃなかったっけ?」

 早咲は爪先をじっと見たまま、答えなかった。

 早咲はGAPと胸に大きくプリントされた黄緑色のTシャツにジーンズを合わせていた。

「やめました。お客さんと揉めちゃって」

 嘘だとわかった。早咲の声が固かったからだ。

「働いた分の給料はちゃんともらっておけよ」

 早咲はうなずいた。よく見ると、左頬に青あざができていた。

「他人とコミュニケーションをとるのは難しいですね」

 声は震えていた。糸電話で聞いているようだった。

 早咲は泣くのをこらえているようだった。

 早咲は必死に爪先を見ている。目はわずかだが、潤んでいた。話すのもやっとなのだ。

「倉庫のアルバイトとかはどうだ? 最低限しか話さなくていいぞ」

「それもそうですね。探してみます」

 早咲が何を隠しているのか、おれにはわからなかった。


 おれは仕事終わりに、早咲を夕食へと誘った。

 新しいTシャツに着替えた彼と、すずやでとんかつ茶漬けを食べた。

 お互い、酒を一滴も飲まなかった。飲めば早咲も本当のことを言わねばならないだろうし、おれも聞き出さねばならなくなる。お互いの関係を維持するためにも、ビールを頼むような真似はしなかった。


 るみかさんは旦那の実家に帰るため、お盆休みをとっていた。しかし、「びしょ濡れ」のサイトにある彼女の日記は更新を続けていた。

 今夜は同僚の女の子たちと両国のちゃんこ鍋を食べに行ったエピソードを投稿している。ちなみに、るみかさんがちゃんこ屋に行ったのは3週間も前のことだ。用心深い風俗嬢は日記でこそ嘘をつく。


 翌日からの神宮3連戦で、ベイスターズは1勝もできなかった。

 初日は継投策に失敗し、2戦目は石井一久いしいかずひさに完全に抑えられてしまった。

 ベイスターズは5月3日以来、神宮で勝てていなかった。気づけば、サンダースが1軍に復帰していた。一度諦めた助っ人をまた試しているのだ。勝てるわけがない。

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