君は友だち
浅生圭吾
01
るみかさんと最初に会ったのは、性感ヘルスの待機室だった。
柔らかい光が部屋を包み込んでいた。カーテンはグリーンを基調とし、「リラックス空間」風のアロマがやさしく香っていた。東急ハンズで一式揃えたような部屋だった。
彼女は緑色のソファに腰をおろし、ビーカーに入ったプリンをスプーンですくっていた。ビーカーには、中折れ帽を被った男がプリントされていた。
ソファには、彼女の他に女の子が3人ほど腰掛けていた。
女の子たちは客の悪口で盛り上がっていた。「差し入れのセンスが悪い」「キス顔が気持ち悪い」とか、ありきたりな話題だ。
るみかさんは会話には加わらず、テーブルの上に広げたカタログをじっと眺めていた。ソファと体がよくなじむのか、足を伸ばしている。脚は長くもなく短くもなく、よく日焼けしていた。
ヘルスは「氷のびしょ濡れ」という名前だった。シャロン・ストーン主演のあの映画を意識した屋号がくだらなかった。歌舞伎町さくら通りにある雑居ビルの9階に入っている。
おれは同じビルの6階に、アダルトビデオショップ兼パソコンショップを構えていた。「スリム・チャンス」という屋号で2年前にオープンしたばかりだ。
おれがびしょ濡れを訪ねたのは、女の子にノートパソコンを渡すためだった。
「さゆみさん、修理は終わったよ。またなんかあったら言ってよ」
ソファに座る女の子のひとりにおれはそう伝えた。
さゆみさんは金髪ショートで、髪を耳にかけている。右手に握られた携帯には、きつねの尾を模したストラップが付けられていた。
るみかさんは、さゆみさんのふたつ隣の席に座っていた。
吊り上がった目尻に、かすかに反った鼻筋は人を近づけない雰囲気もあるが、おれの心を引きつけるものがあった。長い髪は、何度も茶色に染めてきたのだろう、少々傷んでいる。彼女は白のブラウスに、ブルーのベストとタイトスカートを合わせていた。歳は30代半ばといったところだろう。
おれの後ろに立っていたボーイが、るみかさんを紹介する。新人で勤務3日目。業界には10年ぶりの復帰だが、業界歴自体は長いと教えてくれた。
続いて、ボーイはおれのことを紹介する。
「彼は店長の旧い知り合いだ」
「そういう縁もあって、うちで使うパソコンは、
「パソコンで困っていることがあれば、彼を頼るとよい」
るみかさんは、重々しくうなずいた。お店の決まり事を聞くような表情で聞いている。
「いや、そんなに感心しないでよ。ただのご近所さんなんだから」
おれの訂正にも、彼女は顎が胸に埋もれるレベルで、うなずいている。真面目というか、お店に居場所を作れるか不安なのかもしれない。
おれは財布から店名入りの名刺を引っ張り出して渡した。
るみかさんは名刺をつまむと、じっと眺めていた。
おれは彼女の横顔を見ながら後悔した。薄いピンクの名刺ではなく、手が切れるような厳めしい名刺を作っておくべきだった、と。
2001年4月のそれがいつの日だったかは、もう忘れてしまった。
るみかさんに出会った日、おれはずっとバーコードについて考えていた。彼女の左腕にバーコードのように並んでいた傷跡は、まぶたの裏を這い回り続けた。
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