矢野未可子の顔は、黒く塗りつぶすしかない。
さいだー
プロローグ〜二人の出会い
あれは、美術の時間のできごと。
まだ、二年生になって間もない頃、クラス替えの影響でクラスメイトそれぞれが距離感を測っていた頃の話。
その日の授業では、人物デッサンをすることになった。
モデルになったのは矢野未可子。
とても整った顔立ちをしている未可子を見て、クラス中の男子は色めきだった。
────一人、弘海だけを除いて。
モデルとして、完璧な笑顔を披露する未可子にクラスメイトはみな魅了された。
だけど弘海一人だけはなぜか、焦っていた。
描いても描いても、目の前にいるはずの未可子を描くことができない。
普段から弘海は趣味で絵を描いていたから、人の表情、こと内面を描くのは容易なことだと思っていた。
でも、目の前のこと未可子に関しては、どんなに繊細に鉛筆を運ぼうと、何度書き直そうと描ける気がしなかった。
クラスメイトの一人が、弘海の絵を見て『お前めちゃくちゃ上手だな』と褒める。
それに乗じてクラスメイトたちも代わる代わる弘海の絵を見ては褒め称えるが、弘海はそれに耐えられなかった。
それは弘海にとって最大限の侮辱の言葉だった。
思わず弘海は引き裂いた。
言葉同様、スケッチブックそのものを引き裂いてしまったのだ。
クラスメイトたちは突然のことに呆気に取られた。
でも、未可子だけは違った。
目を細めて嬉しそうに弘海を見ていた。
その日からと言うもの、弘海にクラスメイトが近づくことはなかった。
弘海にとってそれは好都合だった。
空いている時間は記憶を頼りに、あの日の未可子の絵を描き続けた。
細部の書き込みは上達していっても、どうしても表情だけはうまく表現できない。
弘海はむしゃくしゃして、顔の部分だけを真っ黒に塗りつぶした。
その瞬間、弘海はこの絵が擬似的に完成したと思えた。
現時点の弘海が表現できる未可子の内面、表情はこれが限界だった。
周囲でそんな弘海の様子を見ていたクラスメイトたちは、言葉を失った。
だけど、一人だけはとても嬉しそうだった。
描かれている側のモデル、未可子だった。
普通なら、自分の顔を黒塗りされたら気分がいいはずなんてない。
でも、未可子はとても嬉しそうに笑っていた。
未可子は弘海に近づいていくと、こう声をかけた。
「とてもよく描けてるね。今までで一番のできだと思う」と。
まるで、新しい玩具を買ってもらった幼児のような屈託のない笑顔で。
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