第31夜




「可哀想に……」

「っ!」


すると相手は白羽を抱え上げると、額から目蓋へと流れている血液をペロリと舐め上げた


舌の湿った感覚と体温に、ゾワリと全身が総毛立つのを感じる


助けて欲しいとは言ったが、そこまでして欲しいなどとは言っていない


明らかに特殊な性癖な持ち主だと伺える


極限状態だったとはいえ、助けを求めた相手は失敗だったかもしれない


「は、離せ…っ」

「どうして?俺に助けを求めたのは君だろ……白羽」

「な…っ…どうして俺の名前……」


相手の姿を間近で確認して、思わず息を飲む…




「お前…っ…」




姿を目にして一瞬で分かった。

その姿は白羽にとって好ましくない相手


目の前には髪色が異なるグレーの髪色をした、白羽と同じ顔の男がいる


紛れもなく「影」であると直感した……




「ようやく会えたね、白羽。ものすごーく会いたかったよ」

「っ……」




最悪な情況だった




命を狙われている男に抱えている挙げ句、身動きする事さえもままならない


このままでは何の抵抗も出来ずに、呆気なく殺されてしまうだろう


「は、離せ…っ…俺に触れるなっ」

「怯えているの?白羽」

「っっ」


警戒心と敵意を露に、白羽は睨みつけるが……影は嬉しそうに笑った


「あっ!もしかして俺が今、白羽を殺すとか思ってる?」

「……お前が俺と成り代わる為に、命を狙って来ると悪魔と名乗る奴から聞いた」

「悪魔……ああ、あの胸糞悪い男か。俺から直接告げようと思ってたのに、余計な事を!」


舌打ちすると影は忌々しげに呟く……

悪魔リュウトとは面識がある様子だった


「俺は今、お前に……殺され…る……つもりはない」


だが虚勢を張ってるものの白羽は内心焦っていた

今の情況は影に命を握られているのだから


「安心していいよ。今の白羽を殺すつもりはないから」

「え……」

「だって弱ってる白羽を殺しても面白くないから。俺はね、俺自身を生み出してくれた君に感謝してるし愛してるんだ」

「な…っ…」


命のやりとりを何だと思ってるのか。


殺そうとしている相手に、感謝の意や愛してるなどと告げる男の真意が分からなかった


「だから君を殺して1つになりたい。勿論、俺が本体として…ね」

「意味が……分からない」


愛してると告げた口で、殺意を口にする。


影の言う通り愛されているのか。憎まれているのか。

それとも困惑させたいだけなのか。


「愛してるから自分だけのモノにしたい。だから君を殺す事で、俺だけのモノに出来るんだ」

「っ……」


恍惚した表情で語る影は、狂ってるとしか思えなかった

何故、殺す事で手に入れた事になるのか。


本体(白羽)と成り代わる為に、殺意を向けて来るのは分かる。それならば、白羽も何の躊躇いもなく影を殺せるかもしれない


生き残るために殺したんだと理由もつけられる


けれど憎しみや殺意だけではない愛などと告げられたら……おそらく迷いが生じてしまうだろう


「けれど今は殺さないでいてあげるよ。今日は白羽に会いに来ただけだから」

「そんな言葉で俺を惑わせても無駄だ。俺は殺されてやるつもりはないし、お前を殺す……」

「へぇ、この情況で随分と強気な発言だね」


クスクスと笑いながら、影は白羽を腕に抱えられたまま歩き出す


「今の所、影は俺を殺すつもりはないんだろ」

「そんな強気な君も嫌いじゃないよ。それと俺は影じゃない、黒羽だ」

「くろ…は…」

「そう、白い羽を汚すのは黒い羽。白羽を殺す俺にはピッタリの名前だろ?」


白羽と黒羽……

自身が陽とするならば彼は陰の存在だろう


確かに彼に相応しい名前だった

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