第二章 きかっけ
第7話 友達になって
「友達になって下さい!!」
「……え? えーと」
一月末、いつものようにケーキ屋で接客をしていた玲奈は、突然、セーラー服の女子高生に声をかけられた。
客からナンパされたことは何度かあるが、女子高生からは初めてのことである。
「ずっと、その……お姉さんすごく綺麗な人だなと思って、いて……お話してみたくて」
恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしている。
よくよく顔を見れば、ほぼ毎日この店で一番安いシュークリームを一つだけ買っていく女の子だ。
この店では、シュークリームのクリームだけは注文が入ったら接客に当たっている人間がその場でクリームを入れて手渡すシステムになっている。
時々、手が震えている時があるなと感じたが、そういうことかとこの時初めて理解した。
「……だめ、ですか?」
かなり勇気を出して声をかけてくれたということは、玲奈もわかっている。
「……きも――」
――気持ち悪い。
無意識に口から本音が零れ落ちた。
しかし、相手は客だ。
玲奈はさっと笑顔を作り、ごまかした。
「気持ちは嬉しいんだけど、ごめんね」
断れると思っていなかったのだろう、女子高生は眉を八の字にして、今にも泣きだしそう。
「ど、どうして?」
「無理なものは無理なの。今日もシュークリーム一つでいいよね?」
「は、はい……」
玲奈がクリームを用意している間、女子高生は鞄から可愛らしい封筒に入った手紙を出して、カウンターの上にそっと置いた。
「190円です」
「はい……」
手紙は視界に入っていたが、無視して玲奈は会計をする。
いつも通りの笑顔を崩さずに。
「その……じゃぁ、せめて、これだけでも読んでください――」
去り際に女子高生は手紙を指さして、後ろ髪を引かれるように何度もちらちらと玲奈に会釈し、店を出て行った。
「なんで断ったの? いいじゃない、お友達になるくらい」
「実里さん、聞いてたんですか?」
「そりゃぁ、今ちょうど追加のシュー生地が出来上がったところだったからね」
玲奈が手紙を手に取った瞬間、タイミングを見計らって出て来た実里。
シュークリームの生地を補充し始める。
店内には今はこの二人だけだ。
もう一人のパートの
「で、なんで断ったの? 可哀想じゃない、憧れのお姉さんからはっきり断られるなんて」
「こういうのは、はっきりしておいた方がいいんですよ。ああいうタイプの子は特に。友達にはなれませんね」
関わると面倒なタイプだと、玲奈は直感的に思った。
「友達になってください、だなんて、ただの口実なんです。みんなその先を求めてるんですよ。気持ち悪い」
実里は玲奈が何を言っているのか、いまいち理解できずに小首を傾げる。
同性から性的な好意を寄せられた経験がない実里には、わかるはずもなかった。
玲奈は過去に、何度かある。
同性に限った話ではない。
男からも一方的に、好意を寄せられたことはある。
それも、かなり厄介なタイプが多かった。
中でも一番最悪だったのが、母親の熱心な信者の息子だ。
当時まだ小学六年生だった玲奈の婿にしようと、五十手前の汗だくの醜男に「僕とお友達になって」と言われたのは、本当に気持ち悪かった。
高校時代には、生活指導の教師に放課後呼び出され、何か悪いことしただろうかと不安に思いながら話を聞くと、「君が俺に惚れているのはわかる。だが、俺は教師で、君は生徒だ。友達からはじめよう。友達になって、卒業まで我慢しよう」と言われたことがある。
玲奈はこの教師とほとんど会話すらしたことがなかったし、一体何を我慢するんだと意味が分からず、最初は理解するまで時間がかかった。
すぐに担任教師に相談し、事なきを得たが、そいつが学校を辞めるまでの間しばらく怖くて学校に通えなかった時期がある。
みんな最初は「友達になって」から始まる。
もううんざりだった。
誰からも嫌われたくない、みんなから好かれたいと思い、実際にそうふるまってきたが、友達になろうと宣言して始まる関係は、いつだって簡単に破綻する。
それも、友達になろうと声をかけて来た方から、一方的に。
「友達って、今から私たち友達ね!って、宣言してから始まるものではないと思うんです。恋人もそう」
玲奈は、普通の人間から好かれたい。
異常な人間と関わるのは、もうこりごりだった。
「うーん、よくわからないけど……あぁ、そういえば、何日か前に玲奈さんの地元の友達だって人が来たけど」
「え……? 私の?」
「うん、なんというか雰囲気がほら、高校生の頃の……初めて会った頃の玲奈さんにすごく似ていて――最初は妹さんかと思ったんだけど」
「妹? 妹なら、まだ中学生ですし、一人でここに来るはずは……」
「そうよね。同じ中学だったって言っていたし、中学生って感じじゃなかったわ」
成人式の時、ここで働いていることは宣伝してきた。
この近くに旅行の計画を立てている人が何人かいたからだ。
しかし、それは春頃の予定だった。
まだ一月も終わっていない、こんな中途半端な時期ではない。
それに、来る前に連絡をすると言っていた。
時間が合えば、一緒に飲もうと。
「誰だろう……? 名前は、言ってました?」
「うーん、名前までは……また来ますって、苺タルトとシュークリームを買って帰って行ったわ――ああ、それこそ、あの日の前よ」
「あの日……?」
「ほら、ごみが散乱してた日! 玲奈さんが来てすぐにあの惨状に気づいたから、あの時話そうと思ってたのに、すっかり忘れてたわ」
ごみ捨て場が荒らされていた前日。
夕方にその友達はふらっと現れて、帰って行った。
「……――誰?」
つまり、玲奈が実家からこちらに帰って来た翌日の夕方だ。
そんなに近々の予定を立ていた人は、玲奈が知る限り誰もいない。
「ちゃんとご飯食べてるのかなってくらい細くて、玲奈さんより背の高い子だったけど……心当たりないの?」
「……ないです」
一瞬、脳裏に細女が過った。
夜の公園のブランコから、手を振っていた女。
けれど、あれは何かの見間違いのはず――と、玲奈は心の中で否定し、手紙をごみ箱に入れた。
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