第4話 怪しい家族
美恵も父親も妹も、とても嬉しそうだった。
反対されることばかり想像していた玲奈は、訝し気に眉根を寄せる。
「……いいの? 本当に?」
「いいも何も、反対する理由がありません。聡太さん、不束な娘ですが、どうぞよろしくお願いしますね」
「は、はい! もちろんです!」
思いもしない状況に、玲奈は何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
反対され、二人で日帰りで帰ることも想定していた。
「泊まっていくんでしょう?」
「え……?」
「今日の為に色々用意してあるんだ。これだけで帰るなんて言わないでくれよ」
意外にも父親は婿と酒を呑むのを楽しみにしていたようで、いつも特別な日にしか飲まない日本酒の瓶を出してきて、盃を交わしていた。
食事もいつもは野菜中心の修行僧のように質素な和食なのに、寿司にピザ、中華のオードブル、ケンタッキーまであって、バイキングかと思うくらい豪華な食事が用意されていた。
デザートに妹が作ったチーズケーキまである。
こんなことは初めてで、玲奈はただただ戸惑った。
それだけではない。
二十歳の年の差があることも、実家が農家で結婚したら義両親と同居となることにも、何の不満を漏らすこともせず、否定もしなかった。
結局そのまま泊まる聡太はこの家に泊まることになったが、朝夜のお祈りも、強要することはなく、信之丞様の祭壇に手を合わせろということも何もない。
名前のわからない信者の姿も、帰って来てから一度も見ていない。
いつもならほぼ毎日、参拝に何人か来ていたのに。
不審に思った玲奈は妹が一人の時を見計らって、どうなっているのか廊下で問い詰めた。
居間では、聡太と話している父親の聞いたことのない笑い声が響いている。
「お母さんもお父さんも、お姉ちゃんが帰ってきてくれて嬉しいのよ。去年はお盆も年末も全然帰ってこなかったから……」
「それはそうだけど……」
やっと自由になれたのに、帰りたいだなんて思うはずもなく、玲奈は適当な理由を並べて一度も帰ってこなかった。
本当は、成人式にだって来る予定はなかったものの、今回帰ってきたのは聡太も義両親も行った方がいいというから、仕方がなくだ。
それなのに、必要なものはすべて用意されていた。
振袖まであった。
「お姉ちゃんの部屋に赤い振袖、置いてあったでしょう? あれ、お母さんが用意したの。振袖自体はお母さんが成人式で着たもので――お祖母ちゃんもって言ってたかな? それでも、古臭くならないようにって、帯締めとかショールとか着物屋さんに聞いて用意してたよ」
「お母さんが……?」
「うん、あ、ちなみに私も五年後に成人式で使うから、綺麗なままにしておいてね」
妹はそう言って、居間に戻って行く。
嘘を言っているようには見えなかった。
「……何それ」
美恵がそんな普通の母親らしいことをするなんて、玲奈が認識している限り、この家族と過ごした十八年の中で初めてだ。
玲奈はほんとうに、自分がいない間に何かあったんじゃないかと、疑わずにはいられない。
何もかも用意されて事足りている代わりに、異常なことが何もないことが、逆に怖くてたまらなかった。
* * *
「あ! 玲奈!?」
「うわぁ久しぶりじゃん!!」
成人式の会場で、久しぶりに会った同級生たち。
小中と同じ学校だった懐かしい顔もあれば、高校で同じだった人も、みんな振袖姿とメイクで、一瞬誰だかわからない。
それでも、声や表情に面影が残っていて、玲奈は少しほっとする。
家が異常だった玲奈にとって、学校や部活、塾に通っている間だけが居場所だったことを思い出した。
かなり早い内から、自分の家の異常に気付いていた玲奈は、その異常さを微塵も感じさせないように、できる限りクラスのみんなから嫌われないように、理想の優等生を演じ続けていたのだ。
そのおかげか、教祖の娘だと虐められるようなこともなかった。
それでも、やはり家に気軽に友人を招くことはできなかったら、親友と呼べるような存在はいない。
家はどこかと聞かれても、家に行ってみたいと言われても、親の都合で無理だと避け、ごまかし続けた。
特に高校生の頃は絶対に誰にも自分の住んでいる家の場所を教えなかったし、家庭訪問で教師が家に来た際は、絶対に家のことは誰にも話さないで欲しいと必死に頭を下げたくらいだ。
「ちょっと太った?」
「え? ああ、そうかも」
「なになに? 幸せ太り?」
「うーん、まぁそんなところ」
確かに高校生までは痩せていた。
家では和食が中心で、肉より野菜が中心だったし、生活だったこともあり、細すぎて心配されるくらい。
けれど自由になった今は、心配されるほど痩せてはいない。
寮でもそうだが、聡太の実家に遊びに行くといつもたくさん美味しいものを食べさせてくれる為、ほぼそれが原因である。
「バイトしてるケーキ屋さんがめっちゃ美味しくてさぁ、そのせいかも」
「そうなの? いいなぁ……ってか、高校の時もケーキ屋で働いてなかった?」
「うん、ケーキ屋パルフェね」
「そうそう! あそこのケーキ、老舗だからちょっと地味だけど、結局味は一番美味いよねぇ」
「インスタ映えしないんだよね。味はいいんだけど」
「そうそう。でも、今働いてるのは、そこで働いてたパティシエの片山さんがやってるところでね」
スマホで実里が経営しているケーキ屋のインスタの画面を開いて、玲奈はみんなに見せた。
苺をふんだんに使ったケーキやくまやうさぎをモチーフにしたものなど、可愛い上に美味しそうなケーキの画像や動画で溢れていて、同級生たちは美味しそうだと言った。
「もし近くに来ることがあったら、絶対買いに来て」
「行く行く! ちょうど春になったら旅行しようって彼氏と言ってたんだよねぇ」
「え、みいちゃん彼氏できたの!? どんな人?」
「へへへ……同じ大学の先輩なんだけどぉ」
式が始まるまでの間、近況報告をし合っていると、玲奈はふと、なんだか妙な視線を感じて振り向いた。
「ん? どうしたの玲奈、急に振り返って」
柱の影に誰かいた――ような気がしたが、派手なスーツ姿の一団がその前を通り過ぎて、誰だったまではわからない。
「……いや、何でもない。誰かに見られてたような気がして」
仲が良かった同級生は、ほとんど今玲奈の周囲にいるはずで、自分ではなくて他の誰かの知り合いだろうと納得し、その時は気にも留めていなかった。
すっかり忘れていたのだ。
ずっと玲奈のそばをうろついていた、ごみの存在を。
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