第4話

送迎担当となった日。

夕方、利用者さんたちを施設から近い順に送っていく。


1人、2人…


最後は佐藤さん。

施設のある場所は片田舎といえど、比較的町の中心部にあり、お店や住宅もぽつぽつとある。

そこから、山道へ入るにつれ、お店はなくなり、住宅の間隔は空いていく。

道路の舗装もいつの間にかなくなり、外灯もなくなってくる。

佐藤さんを送迎する時は、常に他の送迎車よりも早めに出る。

うちの施設利用者の中で一番遠い佐藤さんのお宅は、山の中にあった。

道は木で覆われ、幅はワゴン車が通るのがやっと。

他の車とすれ違うことや、Uターンをすることはムリそう。


何でこんな辺境の地に住む老人の施設利用を許可したのか…。

送迎のたびに、担当者に恨み言を言いたくなる。

とりあえず、事故のないように安全運転で進む。

何も起こらないことを祈りながら運転していると、ようやく佐藤さんのお宅についた。


佐藤さんのお宅は、広い庭に立派なお屋敷。

お屋敷は西洋風。

佐藤さんのカルテによると、確か奥様と二人暮らし。

老々介護で、奥様の負担を軽減するためとご本人のための利用目的。

ついつい立派なお屋敷に見とれてしまっていると、佐藤さんが座席から声をかけてきた。


「まやちゃーん。車からおりるぞお」


「あ、はいはい。今行きます」


車から杖をついてヨタヨタと降りる佐藤さんの脇を支える。

玄関では、小柄な佐藤さんの奥様が待っていた。

猫のような釣り目に、うしろでまとめたひっつめ髪。

エプロンを付けた奥様はわたしと歩行介助を交代した。


「おかえりなさいませ。

職員さんも、いつもご苦労様です。」


「はい、ご利用ありがとうございました。

今日も楽しく過ごされていましたよ。


お荷物と連絡帳、こちらに置かせていただきますね」


そう声をかけ、佐藤さんの荷物と連絡帳を玄関脇に置かせていただく。


「では、わたしはこれで失礼します」


ペコリとお辞儀をし、玄関を閉める。

閉まる玄関の向こうでは、奥様も頭を下げていた。



佐藤さんを無事に自宅まで送り届け、車に戻ると簡単に車内の点検を行う。

主に忘れ物がないのか、チェックする。

もし忘れ物があれば、施設に戻りながらご自宅まで届けることになる。

後部座席には、黒いポーチが落ちていた。

確か、佐藤さんがいつも小脇に抱えているものだったはず。

わたしが名前を確認すると、ポーチの裏側に小さく『サトウ』と書かれていた。

わたしは佐藤さんのご自宅に引き返した。


忘れ物に気が付いて良かった。

送迎という仕事で来るには良いけれど、忘れ物を届けに来るのも、引き返すのもあの道は嫌すぎる。


佐藤さんのお宅のチャイムを押す。

音は鳴るけれど、返答はない。

何度かチャイムを鳴らす。


…やはり返答はない。


ドアノブを回してみても、鍵がかかっているようで、ガタガタいうだけ。


「佐藤さーん」


声をかけてみるも、返答なし。


聞こえないのかな?


仕方なく、裏へ回ってみることにした。

お庭の方へ回ると、部屋のカーテンはピッタリと閉まっている。


何とか中の様子が分からないかな。


うろうろしていると、隣の部屋のカーテンが少し開いていることに気づいた。

隙間から中を伺う。

その部屋は、応接室のようだった。

洋風な部屋に、一対のソファとテーブル。

壁には大きな風景画が飾られていた。

立派な大木に零れる光。

どことなく、佐藤さんのお宅に向かう風景に似ていた。


と。

佐藤さんが奥様と部屋に入ってきた。


「佐藤さん」


窓の外から声をかけるも、わたしの声は聞こえていない様子。


佐藤さんがついていた杖を絵に突き立てた。


すると、辺りは佐藤さんを中心に一瞬強烈な光に包まれた。

強い光が目に痛い。

目を細めた私が見たものは。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る