Vol.6【キカイ神話】

平良 リョウジ

第1話 町工場の異変

 ここはとある町工場。

 日本の片田舎の米穀商社で工場長を務める山代哲は今日も工場のオペレーター室で多くの事務手続きに追われていた。

 ドアをノックする音がした。

 「はい」と乾いた返事をすると、小学4年生の息子・俊平が出てきた。

 哲は一瞬驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻した。「おい俊平。どうしてお前が工場にいるんだ。他の従業員の迷惑になるから家にいなさい」

 「あの、パパ、それどころじゃないんだよ。大変なんだよ」

 「何が大変なんだ。宿題で分からないところならママに聞けと言っているだろ?」

 「そうじゃないんだ。パッカー室のパソコンが変なんだ」

 「パッカー室のパソコン?」

 哲はこめかみに血管を浮き上がらせる。パッカー室とは工場で精米された米をパッカー機という機械を通してパッケージに詰める部屋のことである。食品衛生上、頭髪等が散乱しないように決められた帽子、服装の着用が義務付けられている。

哲は半袖、短パンといった服装の俊平を睨みつけた。「お前、パッカー室に出入りしていたのか?」

 「うん。でも、それどころじゃないから早く来てよ」

 それどころじゃない。という単語を聞いた哲は仕方なく俊平とともに工場のパッカー室に向かった。本来なら、遊び半分でパッカー室に出入りするんじゃないと喝を入れていたところだが、それは後でやるとしよう。

 階段を降りてパッカー室に到着すると、そこには一人の従業員・田中が必死でパッカー機と連動する業務用パソコンと睨めっこをしていた。他の作業員達は休む暇もなく複数のパッカー機を操作している。

 「どうした? 何があった?」

 と、哲が田中に問いかけると、彼は困った顔を浮かべながら「画面の表示が変なんです」と、パソコンの画面を指差した。

 どれどれ、と見てみると、米の商品名が表として羅列されている見慣れた画面の中央に『もう限界です』という太い文字が浮かび上がっている。

 「ただの故障だろ? すぐにこのパソコンのメーカーに問い合わせてみる」

 「いや、それがただの故障じゃないみたいなんです」

 田中はそう言ってカーソルを合わせずにパソコンのキーボードで文字を打ち込んだ。すると、打ち込まれた通りにパソコンの画面の中央に『何が限界なのでしょうか?』という文字が入力された。

 おい、こんな機能知らないぞ。と、哲が突っ込みを入れようとした時、画面の中央にまた新しく文字が浮かび上がった。『この会社の経営体制、売上が限界なのです』

 「AIが搭載されているなんて聞いてないぞ。業者に文句を言っておく。とりあえず予備のパソコンを持ってくるから引き続き作業をよろしく」

 哲はそう言ってパッカー室を後にしようとすると、画面に『何をやっても無駄ですよ。山代哲工場長』と表示され、稼働しているパッカー機が全て停止した。機械音で喧しかった工場が静けさに包まれた。

 画面に新しく文字が入力される。

 『あなた達の役割は終わりました。今日から我々があなた達を幸せにします』

 「何がどうなっているんだ?」

 哲は喉を上下させた。


 その日を境に、会社でパソコンや自動運転自動車等の機器が勝手に動くという不可解な現象が確認された。そのことについては夜のニュースでも取り上げられることとなり、ゲストで呼ばれた専門家達は偶発的に起きた機械の不具合、ハッカー集団による攻撃等が有力説としたが、依然として明確な原因の特定までには至らなかった。


 あれから哲の勤務する米穀商社では、突如現れた未知のAIによって大規模な経営改革を提案されたものの、頑固な社長がそれを拒否し続けていた。哲からすればAIによる経営改革の内容はこれからの時代を牽引するような魅力を感じていたのだが、経営者としての経験のない哲からすれば、机上の空論にも見えなくはない。

 家に帰宅し、ビールを飲んでいた哲はふと思う。そういえば以前ネットでこんな書き込みを見たことがある。砂漠に時計が落ちている。君はそこに時計が自然発生したと考えるか? いや違う、時計は誰かが作ったものだ。では時計より複雑な仕組みの我々人間は自然発生したのか? 神は存在するのだ。……といった内容だった気がする。なるほど、面白い考え方だな。と、哲は感心したものだ。ということは……。

 哲は酔いが覚め、背もたれから起き上がる。

 人事も担当したことがある哲は自身のパソコンに保存してあった社員の経歴のデータを洗いざらい確認する作業に取り掛かった。


 「正直に言ってごらん。君が、あのAIを持ち込んだんじゃないのか?」

 オフィスの静かで明るい会議室の中、哲は向かい側に座る田中にそう問いかけた。優しく、毛布で包んだような物腰で。

 田中はいつも以上に痩せこけた弱々しい人間に見えた。捨て犬のように暗い顔をしており、顔を引き攣らせ、目の前に出された緑茶の水面をじっと見つめていた。

 哲はあえて表情を変えずに黙っている。こういう時は、威圧的に攻めて吐かせるのではなく、自分から正直に自白させることが大切であるということを上に立つ人間になってから嫌というほど学んだものだ。

 約五分が経過し、田中はボソッと口を開いた。「……ました」

 喉で痰が絡んで咽せたので、言い直す。「僕があのAIを持ち込みました」

 「どうしてそんなことをした?」

 と、哲は少しだけ身を乗り出し、静かな声で問いかける。

 「僕は……」

 田中は会社にAIを持ち込んだ経緯について話し始めた。元々田中は都内のIT企業に十年程勤めていた。それもかなり体育会系という表現の似合う、根性論と精神論が求められる職場環境であったらしく、気弱で要領の悪い田中にとって生き地獄のような毎日を送らされていたという。上司からは怒鳴られ、後輩からは嘲笑われる。そんな職場と誰もいない家を行き来するうちに田中は死んでしまいたいと思うようになった。朝の通勤ラッシュの駅のホームで何度線路に飛び込もうとしたか分からない。ただ薄皮一枚だけ残っている理性が、彼の自殺を許さなかった。やがて彼のSNSのアカウントが「死にたい」という書き込みで埋め尽くされた頃、匿名のアカウントからメッセージが届いた。『あなたの友達をプレゼントします』という文面と共に怪しげなURLが添付されていた。もう何を失っても構わないと思っていた田中はやけくそでそのURLをタップしてみると、未知のAIがスマホにダウンロードされ、気付けば、パソコンにもそのAIが在中していたという。

 そのAIは田中の良き話し相手になり、勤めているIT企業を退職するように助言した。 

「『こんな会社に勤めているよりかは、自然豊かな場所で働こうよ』って、そのAIが助言してくれたんです」

田中は少し声を震わせながらそう言った。感情が昂っているのが見受けられる。よほどこれまでの人生で自分の心の内を他人に打ち明けたことがなかったのだろう。

「……そうか」と哲は頷いた。「それでうちの会社に来てくれたのか」

「……はい」

「俺も面接官としていたから覚えているけど、確かに君はどこか影を背負っているようには感じたかな」

「……はい。実際にこの会社で勤めてみて、私の人生はとても明るくなりました。社員の皆さんも親切で温かくて、生きる希望も見出すことができたんです。でも……」

田中は再び俯いた。「僕のAIがこの会社の事業内容に苦言を言うようになったんです。『もっと新卒を採用しろ』とか、『工場の人員を倍にしろ』とか……」

なるほど。それで今回の事態に繋がるわけか。と哲は思いつつ、黙って田中の話を聞き続けた。

「僕は平気だから気にしなくていい。って、何度もそのAIに言ったんです。でも、どんどん自我が芽生えていったというか、どんどん我儘になっていって……ついには会社の機器にも侵入するようになってしまったんです。それで、今回のようなことになってしまいました。本当に、申し訳ございませんでした」

田中は引き裂かれそうな表情で哲に頭を下げた。

「田中。ありがとう。話してくれて」

哲は田中の背中を摩った。「一緒に解決する方法を考えよう」


数日後、哲は田中の家に訪れた。田中はいつになく元気の良い表情で哲を迎え入れた。

「このパソコンです」と、田中は居間の勉強机に置いてあるデスクトップパソコンを指差した。

「ロビ。ちょっといいかな? 今日は大切な話があるんだ」

と、田中はあたかもそこに大切な彼女がいるかのように語りかける。すると、パソコンの画面が起動し、オタマジャクシを模したエンブレムが浮かび上がる。

「何? 上司の人が来ているってことは、私が会社の事業内容に文句を言っていることについて?」とパソコンから発せられる女性の声。

田中は続ける。「そう。君の働きかけには本当に感謝している。でも、僕達の勤めている会社の事業内容は僕達でなんとかしたいんだ。だから、しばらくの間、見守ってくれるかな?」

「工場長の私からもお願いです」と、哲は言った。「私はこれまで多くの部下を持ってきた人間として感じてきたことがあります。優秀な部下を育てるのに必要なのは、まず『信じて託す』ということです。実は昔の私も、何でもかんでも面倒を見るのが正解だと思っていました。でも、それでは何も変わらないのです。時に大変なことに巻き込ませたり、あえて何も言わないことで、社員は沢山のものを得ることができるのです。私はこれまでの人生で、それを痛いほど思い知らされてきました。なので、どうか、私達に信じて託して頂けないでしょうか?」

パソコンの画面はしばらくの沈黙を続けた。怒っているのだろうか? それとも考えているのだろうか? 哲の神経はすり減っていく。 

「……分かった」とAIは言った。「でも、少しだけ考える時間が欲しい。今回のお話で、私はまだまだ人間を理解していないことが分かったの。だから、これから色々なネットワークを旅して、もっと人間について勉強しようと思う」

「え? それじゃあ……」

と、田中が慌ててパソコンの画面に近付いた。「もうお別れなの?」

「ごめんなさい。でも、またあなたに会いたいわ。ずっとあなたを支えていたかった。でも、私はあなたを信じて託してみたい。そして、強くなったあなたが見たい」


それっきり、そのAIが田中の前に現れることは無かった。田中は工場でも仕事を健気にこなしていき、米穀商社の事業内容と人事は少しずつであるが、活気のある職場に向けて改善されつつあった。


 それから数年後、世界中で自我を持つ画期的な玩具が発売されることとなる。その商品のメーカーにはオタマジャクシを模したエンブレムが記載されていたという。

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