26.冬から春へ
陽葵と貴羅は、その後二時間ほど二人の時間を満喫して、喫茶店へと向かった。
喫茶店の前には、春陽が立っていた。いつかのように本を読んでいる。こちらに気がつくと、本を閉じた。
「おはようございます、棗さん、冬樹さん」
「おはようございます、春陽さん」
「おはよう。今、お店開けるわね」
「ありがとうございます、冬樹さん」
「いいえー」
貴羅は、キーケースに収まった複数の鍵から一本をサッと一本取り出して、鍵をあける。そしてドアを開くと、どうぞ、とドアを押さえた。
お礼を言いながら陽葵と春陽が中に入る。そのあとを追うようにして、するりと貴羅もお店の中に入った。
「あ、そうだ。春陽さん、これ。私と貴羅からです。日頃お世話になっているので」
綺麗にラッピングされた包みを手渡された春陽は、首をかしげつつ、受け取る。
そしてリボンに貼ってあるシールに、Happy Valentine's Day! と書かれていることに気がついて、ああ、と表情を和らげた。
「そうか、今日はバレンタインですね。お気遣いありがとうございます」
「貴羅と選んだんです。コーヒーとよく合うそうですよ」
「へえ。じゃあ、今日は帰りにコーヒー頼もうかな」
「ふふ、ありがとね」
春陽の言葉に、開店作業中の貴羅が振り返って微笑む。
二人の笑顔に、冷ややかなものは混ざっていない。
数か月前までなら想像できなかった光景に、陽葵は小さく笑った。
「それなら、今日は俺が千秋さんのお迎えに行きますよ」
「え、どうして」
予想外の春陽の言葉に、陽葵はまばたきをする。
春陽は苦笑いを浮かべた。
「だって、今日はそういう日でしょう。パトロールまで免除することはできませんので、それはご了承ください」
「えっと、ありがとうございます……?」
「どういたしまして」
と、陽葵のスマートホンの通知が鳴る。
「あ、すみません」
「どうぞ」
「凛ちゃんからでした。残業少なくて済んだみたいで、予定よりはやく上がれたみたいです」
「タイミングいいですね。じゃあ、行ってきます」
春陽はにこやかに言うと、颯爽と去っていった。
「大河さんって、春風みたいな人よね」
「……最近は、そうかも。前までは冬の夜風みたいな印象だった」
「確かに」
貴羅は笑って、開店作業に戻っていく。
陽葵の目から見ても、春陽は変わった。
前ほど刺すような冷たさを含んだ視線も、言葉も、表情もなくなった。代わりに今日やこの間のような、温かな柔らかさを見せてくれるようになった。
それは、吸血鬼である貴羅に対しても変わらない。
陽葵にとってそれは嬉しくもあり、未だに吸血鬼が嫌いなはずなのに、どうしてなのか、と疑問に思ってもいた。
「私も手伝うよ」
考えたところで、春陽の考えがわかるわけではない。
それなら、今できることをしようと、陽葵は貴羅に声をかける。
「あら、ありがとう。じゃあ、なにをお願いしようかしら」
うーん、と貴羅は顎に人差し指を添える。
貴羅も変わった、と陽葵はその横顔を見ながら思う。
今日の言動もそうだけれど、ここ最近、特にそう感じる。
きっかけさえあれば、何度でも変わる。
それは、吸血鬼と吸血鬼ハンターの関係についての、春陽の言葉だ。
でもきっと、そこだけの話ではない。
そうだといいな、と、陽葵が思っているからこそ、そう思うのかもしれないけれども。
二人で開店作業を終えて、時間通りに開店をした。
ぽつぽつといった人の入りに、貴羅が対応していくのを、コーヒーを飲みながらぼんやりと陽葵は眺めていた。
カランコロン、と軽やかな音が鳴る。
「いらっしゃい、凛ちゃん、大河さん」
「こんにちは、貴羅さん、陽葵さんも」
「冬樹さん、どうも。あとでまた寄りますね。棗さん、行きますよ」
「あ、はい」
返事をして、席を立つ。
陽葵が手を振ると、凛は嬉しそうに手を振り返してくれた。
お会計をして、陽葵は春陽と共に外に出た。
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