第11話 居場所を探して(前篇)

 ――私には私の居場所があるのかも知れないと、そう思えるようになりました。



 第11話 居場所を探して



「――それで、火星の地底というのは一体どうなっているんだ……!?」

「はい、トリカイ部長。地底世界には我々が創り出した空気が満ちており、生物も生活できる環境になっています」

「そうか、ちなみに今何人の火星人が地球に来ている?」

「機密情報なので具体的な数は私も知りませんが、相当数居るとは聞いています」


 目の前では、白ワインを片手に鳥飼とりかいがマークに詰め寄る光景が展開されている。

 マークはいつものように真面目な表情で鳥飼の質問に答えているが、雪花せつかの目には少し戸惑とまどっているようにも見えた。


「鳥飼部長、お水どうぞ」


 そう言って鳥飼の前にコトリとチェイサーを置くと、彼ははっと我に返ったように姿勢を正し、水を一気に飲む。

 グラスを机の上に戻した時には、すっかり普段の冷静な顔に戻っていた。


「――失礼、少し酔っていたようだ」


 ……少し?


 内心吹き出してしまいそうになるのをぐっとこらえて、雪花は隣に座るマークに、「マークさん、このカルパッチョおいしいですよ」と小皿に幾つか取って渡す。

 瞬間、マークの表情がほっと明るくなった。

 その色の変化に、雪花の心もふわりとあたたかくなる。


「いただきます」


 オリーブオイルのかかった鯛の刺身をフォークで口に運んだマークは、かっと目を見開いた。

 その様子に、鳥飼が雪花に鋭い視線を向ける。

 雪花は鳥飼の反応にびくりとした。


「鈴木さん、注文する時にも確認したが、本当に彼はなまもの大丈夫なのか?」

「は、はい。マークさん、だいぶ色々なものを食べ慣れてきて、この前はスーパーのお寿司にも挑戦したそうなので、大丈夫かと……」


 そう言いながらちらりとマークに視線を向けると、マークはもぐもぐと咀嚼し飲み込んだ後に、重々しく口を開く。


「――これは一体……素材そのまま、かかっている調味料も淡白なものであるはずなのに、何故こんなにおいしいのでしょう……」


 茫然ぼうぜんとしたように感想を述べるマークに、雪花は「カルパッチョ、おいしいですよね」と答えて自分も一口食べた。

 うん、おいしい。


 そして正面の鳥飼の様子をうかがい、ぎょっとする。

 鳥飼は見たこともない優しい表情でマークのことを見つめていた。

 当のマークはカルパッチョに夢中で気付いていない。


 見てはいけないものを見てしまった気がして、雪花も気付かない振りをした。



 ***



「鳥飼部長と食事? 何でまた」


 今夜の食事会のことを課長の浦河うらかわに報告した時、彼は怪訝けげんそうに首をかしげた。

 それもそうだろう。

 鳥飼は部長ではあるものの、総務課に積極的に関わってくることはこれまでなかった。

 雪花が異動してきた時にも、軽く挨拶をしたのみだ。


「えぇ、何かマークさんの様子を確認しておきたいみたいで」


 雪花は決して嘘はいていない。

 ただ、鳥飼が宇宙人オタクであることをわざわざ説明していないだけだ。


「あー、そういうことか……まぁあの人真面目だもんなー」


 そう言いながら、浦河はとうに冷めているコーヒーをすする。

 何とか無事にごまかせたようだ。


「ちなみに、課長はどうされますか?」

「俺ぇ?」


 浦河は頓狂とんきょうな声を上げて、そのあと豪快に笑った。


「いいよいいよ、俺はパス。部長はマークの正体も知ってるし、俺が居なくても大丈夫だろ。鈴木にお任せするわ」

「そうですか、わかりました」


 鳥飼としても、浦河がいない方が何かと好都合だろう。

 これで一応仁義は切ったので、特に問題はなさそうだ。



 そして、鳥飼とマークの三人で訪れたのは、会社の最寄り駅から一駅、地下鉄で移動した先にあるかく個室イタリアンだった。

 鳥飼がたまに使っているお店だそうで、少し暗めの照明で統一された店内はどこかおもむきがある。


「人事総務部長という職業柄、懇親会は個室で行うことが多いんだ。幾つか店の候補はあったんだが、マークくんは洋食系が食べやすいかと思ってな」


 まさかシャンパンで乾杯することになろうとは、総務課の飲み会では考えられない。

 マークもシャンパングラスにりんごソーダを注がれながら、「こんなにおしゃれなお店に来たのは初めてです」とその目をぱちぱちとまたたかせている。

 それを聞いて、鳥飼は満足そうにシャンパンを口にした。


 ――そして30分も経たない内に、冒頭の状況に至る。


 少し暴走しそうな時もあったが、鳥飼は自制をしながらマークに色々と質問をしていた。

 最初は戸惑っていたマークも、おいしい食事と普段とは違う雰囲気を楽しんでいるように見える。

 雪花も安心して、取り分けたトリッパのトマト煮込みをじっくりと味わった。

 ホルモンはあまり得意ではなかったが、全く臭みがなくトマトとの相性も抜群で、えらい人はおいしいお店を知っているものだと静かに感動する。


「――それにしても、マークくんの話を聞けば聞く程、火星の科学技術レベルの高さには驚かされるな。もしも火星人が攻めてきたら、地球なんてひとたまりもないんじゃないか」


 鳥飼が物騒なことを言うので、雪花は思わずワインでせそうになってしまった。

 マークが困ったような表情をする。

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