第5話 14日前〜夢士1日目 現実・撮影3

「夢士さん、今日はクライアントの社長もくるそうです」


「そうか、確か社長って女だよな」


「そうですよ。アラサーだったと思います」


「あーそー」


「興味なさそうですね、独身で美人だって話ですよ」


「へぇ、興味ないね、全然。美人ならこの業界にたくさんいるじゃん。ただ付き合うだけなら簡単だよ。だけど、興味ないな」


「夢士さん、スキャンダル無しもいいですけど、少しは恋愛したらどうですか」


「ん?愛とか恋とか全然興味ない。他人の気持ちなんて分からないし、裏切られでもしたらダメージが大きいからな。ドラマだけでいいよ」


「そんなもんですかね」


「毎日忙しいしそもそも気になる相手もいないしな。当分スキャンダルは無いよ」

(無理に誰かを探す必要なんてないさ⋯⋯俺の本心は決まってるんだ)


「何かで読んだんですけど、好きな人がいると脳にいい刺激になるらしいです。

”プゥ”と暮らしてからどんな刺激があるのかもう忘れましたけどね」

恒之進は、自宅で耳の垂れたホーランドロップという品種の”プゥ”という名前のウサギを飼っているので、それで満足らしい。

何でもウサギは”プゥプゥ”と鳴くからその名前にしたそうだ。


有名になり多くの人間が近づいてくるが、夢士は、トラウマを克服できず、誰に対しても疑心暗鬼になってしまう。


(もし嫌いになったら最悪な事態になる。それに人生には必要な時に必要な人が現れる)

そう思い込む方が楽だが、そんな自分自身にツッコミたい気もする。

(いつまで待たせるんだよ。必要な時っていつだよっ)

静かに息をはいた。黙っている夢士に、ルームミラー越しに恒之進が声をかけた。「誰かを想うって良いことだと思うんですけどね。もし誰か現れたら教えてくださいね」

「んー、多分な」

気のない返事を返した。

(誰かね。ずっと想っている人は1人しかいない)


信号が赤に変わり、前から2台目で停まった。

恒之進は、今朝も違和感を感じた。

(同じ車に尾行されているような、記者か?特に撮られてまずいこともないけどな)


海外で訓練を受けたことがある恒之進は、見えない視線を敏感に感じとった。

(あとでドラレコを確認した方が良いな)


郊外の広い庭付きのハウススタジオに付くと、控室へ行きメイクをしてビジネススーツに着替えた。待っている間、控室の雑誌や今日の新聞に手を伸ばした。

ルミライト出版のエンタメ雑誌に”彼氏にしたい1位、夫にしたい1位、一緒に働きたい同僚1位”に夢士の名前が載ってる。なにしろ5年連続好感度1位をキープしているのだ。

(努力してるんだよ。適度な距離を置いてバレないように。できるだけ他人とは深入りしたくないから)


ちょうどスタッフが呼びに来た。今日は、AIを活用した求人広告企業の広告撮影だった。就活生の一次面接が24h365日、AIを通して面接可能で人事の効率化を訴求する。3時間ほど撮影してセットチェンジで休憩になった。


夢士は、30分以上時間が空くのでケータリングへ寄ることにした。大きなひさしの下にケータリングが用意され、食事も出来るようウッドデッキにはテーブルと椅子が置かれていた。

カレーの香りが辺りに漂い、急に腹が鳴った。

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