第7話 平凡な日常。

6


 宝雅くんと日方さんはアルバイトがあるらしく、サークルは交流会の詳細をみんなで確認して解散した。


 僕は、直川くんと二人で帰路に立つ。今日は直川くんの彼女である仁井本さんと帰らないのか聞くと、仁井本さんはボランティアに行っているらしかった。


 「可愛い子入ってくれて嬉しいね」


 「まだ入るって決まってないがな」


 「それはわかってるよ!」


 日方さんを思い出して僕が頬を緩めると、直川くんはまるでバカを見ているかのようにつまらなそうに溜め息を吐いた。もちろん、可愛い彼女がいる彼にとってはあまり気になることではないのはわかるが、非モテ男の苦労も知ってほしいところだ。サークルとかがなければ女子と話すこと自体が殆どないのだから。


 「そう言えば、直川くんって日方さんと知り合いだったんだよね? 学科も違うのに、どうやって知り合ったの?」


 「日方がミルと里衣と同じ学科だからな。ミルと里衣経由で知り合った」


 「へぇ……、里衣ちゃんの友達なんだ」


 「ああ。里衣も結構日方とつるんでいたから、相当仲良かったんじゃないか? ただ、もちろんだが、日方も里衣がいなくなった理由は知らないみたいだ」


 「聞いたんだね」


 「まあな。だが、俺の前では里衣は平然としてたが、日方の前では失踪前は様子が変だったらしい。どう変だったのかは説明しにくいって言ってたけどな。多分、嘘は吐いてない」


 「……」


 確かに、女友達と僕らの前での里衣ちゃんは違うだろう。ということは、日方さんや仁井本さんから話を聞けばまた別の里衣ちゃんを知ることができるかもしれない。


 「僕からも、今度聞いてみるね」


 「ああ、頼む」


 僕も人見知り、直川くんも口数の少ない方ということもあり、暫く無言が続いた。仲が良ければこの沈黙すら気持ちよくなるのかもしれないが、生憎僕らはそこまで仲が良いわけではない。妙に居心地が悪い。


 そこで話題を何とか探していると、ふと先ほどの津軽くんを思い出した。


 「ジキカワくんは、津軽くんのことどう思う?」


 「津軽?」


 急な話題に、直川くんは首を傾げる。どんな仕草をしていても、イケメンはイケメンだなと、何故か無性に悲しくなる。


 「どう、とは?」


 「いや、あのさ、僕は津軽くんってただ大人しいタイプなのかなって思ってたんだけど、何だかさっきの感じだと……何か、よくわからないけど心に何か秘めてるのかなって」


 具体的に何かあるわけではなかったが、自分の気持ちを素直に表出できているようには見えない。それが、どうしても気がかりだった。


 「……さあな。俺もアイツとはあまり話したことないからよくわからん」


 「だよね……」


 「俺にはだが、話すことに遠慮しているとかではなくて、言ったところで疲れるだけだと考えてるように思う」

  

 直川くんは、きっと真面目なのだろう。


 よくわからないと言いつつ、僕の問いに真摯に考えてくれている。だからこそ、彼の話は聞いてみたいと思ってしまう。


 「どうして?」


 「アイツは、いつもつまらなそうな顔をしてるからな。グループワークも何度か同じグループになったが、何を話し合っても的確なことは言うがまるで教科書で予習したみたいだ。自分の意見を言うことに自信がないというより、考えることすら億劫なんだろ」


 「不思議だね、それならどうしてここに来たんだろう」


 「それこそわからん」


 大学は義務教育ではない。だから、全く興味がないなら入学もしなくていいし、退学しても、いいのだ。もちろん、簡単に選べることではないけど。


 それでも、津軽くんかつまらなそうにしながらここから離れない理由があるのなら、気になった。なんなら、ピアサークルに入った理由も、聞いてみたかった。


 「だが、アイツは咄嗟に話せるわけじゃない。自分のタイミングで筆談できないこともあるだろう。それが積み重なれば話すこと自体がストレスになってるかもしれないな」


 「それは、僕らが配慮しないとね」


 「そうだな」


 緩やかな坂を二人で下ると、バス停が見えた。


 直川くんはそのバスに乗るようで、そこで立ち止まる。


 「じゃあ、また」


 「うん、また明日」


 挨拶をして、僕はそのバス停を通り過ぎる。チラッと後ろを振り返ると、直川くんはスマホを取り出していた。


 僕も鞄からスマホを取り出し、イヤホンを挿した。


 どうして人は、自分の気持ちを言うだけのことにこれたけ大変な思いをするのだろう。


 津軽くんは、どうしてあの時返事をしてくれなかったのだろう。


 伝えようとしなければ、何も伝わらないのに。


 いや、もしかしたら彼やいなくなった彼女は、何も言えなかったのかもしれない。


 なら、僕はどうやって言葉にできない彼らの思いを知ればいいのだろうか。



 結局、家に帰ってもモヤモヤはなくならなかった。


 何だか無理に津軽くんを誘ってしまったかのような罪悪感がこびりついて、自分では対処できない。


 結局、プリントに書いてあった善方さんの学校でのメールアドレスに連絡をした。すぐには返って来ないだろうと思ったが、送信して10分で返事が来た。僕が連絡することがわかっていたのだろうか。それは考えすぎか。



 「南野、こんばんは。メールを送ってくれてありがとう。快輝のこと、無理に誘ったように感じているみたいだが、南野が気にする必要はない。アイツは本当に嫌なときは嫌だと言える奴だから大丈夫だ。もし、快輝に不満があったとしても強引に頷かせたのは俺だから、お前は何も気にしなくていい。それと、快輝をサークルに誘ってくれてありがとう。面倒臭い奴だけど、アイツにとって色んな人と関わるのは凄く大切なことだから、どうかこれからもよろしく頼む」



 善方さんって、よくわからない人だけど話しやすい人でよかった。


 善方さんは凄くパワフルで、僕には破天荒に見えるけれど、それでもこうやって真摯に返事をしてくれる辺り、悪い人ではなさそうだ。


 それでも、僕が思っていることを的確に言い当ててくるから怖いのも事実だが。



 「流郷里衣の場所も知ってるぜ?」



 本当に、知っているのならどうして知っているのだろう。


 二人の接点は、何だったのだろう。


 気になることは山のようにある。


 「でも、とりあえず今は交流会だよね!」


 ベッドに寝転び、右手を天井に伸ばしてみた。もちろん、僕の手は天井になんか届くわけがない。それは当たり前だが、そんなことすらも里衣ちゃんに届かないと言う現実と類似しているように思えて、やるせなかった。


 だが、やれることからやらなければ何も変わりはしない。


 僕は普遍な生活をしてきた。それこそ、大半の人間の通る道を、普通に生きてきたに過ぎない。僕の日常なんて、物語にすらならない平凡さだ。


 でも、劇的な何かがほしいわけではないのだ。


 ただ、里衣ちゃんに再会したときにちゃんと告白をしたい。


 その為に、僕は自分にできることをやるだけだ。

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