第17章 E判定探偵とトウモロコシの彼
「次! Fクラス、田中!」
桜木塾長の声が響いた。
俺、佐藤健太は、自分の「D判定(偏差値42)」という、微妙すぎる結果の余韻に浸る間もなく、固唾を飲んだ。
E判定探偵の相棒、田中美咲さんの「最後の審判」だ。
「相手は……MA、Bクラス! 『橘 圭吾』くんだ!」
……勘弁してほしい。
よりにもよって、昨日、田中さんに「『丁寧な』子、好きかも」などと、偏差値60のジャブを放ち、彼女のCPU(思考回路)をフリーズさせ、あまつさえトウモロコシ(生)を地面に落下させた、あの張本人(イケメン)じゃないか。
桜木塾長、あんた、設定が鬼すぎる。
田中さんは、ロボットのように、ぎこちなく立ち上がった。
「標準服」のワンピースが、心なしか彼女の「E判定(緊張)」で震えているように見える。
彼女は、指定されたテーブル(橘イケメンの前)に、ストン、と正座でもしそうな勢いで着席した。
橘イケメンは、爽やかだった。
昨日、塩まみれの焼きそばを一緒に作ったタカシ(爽やか)とは、また系統の違う、「王子様系」の爽やかさだ。
……まったく。
神は不公平だ。
「スタート!」
桜木塾長の、非情な合図が飛んだ。
橘:「はじめまして、MAの橘圭吾です。……あ、でも、昨日ぶり、かな? トウモロコシの……」
(うわあ、いきなり昨日の「敗因」を突いてくる!)
田中:「(びくん!)……は、はじめまして! ブライダル・パスの、田中美咲です! ……昨日は、その、トウモロコシを、すみません!」
(いきなり謝罪から入った!)
橘:「(くすくす笑いながら) いえいえ。すごく、真面目なんだなって、印象的でしたよ。 ……そういう『丁寧な』ところ、俺、本当にいいと思うんで」
(出た! また言ったぞ、こいつ!)
田中:「(……顔が、真っ赤だ) ……あ、あ、ありがとうございます……」
(ダメだ、田中さん! 完全に「受け身(パッシブ)」になってる!)
俺は、自分の席(偏差値42の席)から、必死で念を送った。
(ラリーだ! ラリーを続けるんだ!)
橘:「田中さんは、ご趣味とかは?」
(王道の質問! これは、打ち返しやすい、絶好の球だ!)
田中:「……あ。 ……ミステリ、とか……読みます」
(よし! 来たぞ! E判定探偵の、唯一の武器だ!)
橘:「へえ、ミステリ!」 橘イケメンが、完璧なタイミングで、完璧な「共感」を見せた。
「俺も、読みますよ。 ……最近だと、あの、ベストセラーになった、海外の……」
(……まずい)
俺は、嫌な予感がした。
田中さんは、昨日、自習室のノートに、こう書いていた。
『敗因2:父親(桜木)に対し、「論理」で対抗。「感情」を無視した』 彼女の、あの「論文癖」が、発動しなければいいが……
田中:「(……眼鏡を、くいっ、と上げた) ……あ、あの作品ですか。 ……読みました。 ……読みましたが、」
(……あ)
田中:「……あの作品は、 『密室トリック』の、根幹となる部分に、 ……致命的な『論理の矛盾』が、あると、私は、分析しています」
「「「(……始まった!)」」」
俺(佐藤)と、桜木塾長と、研修室の全員の心が、一つになった。
E判定探偵・田中美咲の、 「最終兵器・論文アタック」が、 火を噴いたのだ!
橘:「(……え?)」
橘イケメンの、あの爽やかな笑顔が、初めて、凍りついた。
田中:「なぜなら! 犯人が、あの『密室』を、外部から施錠したとされる、あの『糸』! ……あれは、 ……昨日の、バーベキューの、 ……『トウモロコシのヒゲ』より、 ……脆いんです!」
(……トウモロコシ!?)
(なぜ、昨日の「敗因」を、ここで、天敵(イケメン)相手に、ぶち込んでくるんだ!?)
俺は、もう、何が何だか、分からなかった。
橘:「(……え、えーと……) ……トウモロコシ……?」
(偏差値60(イケメン)のCPU(思考回路)も、完全にフリーズした!)
田中:「はい! あの『糸』の、張力計算と、 トウモロコシのヒゲの、引っ張り強度を、 ……昨夜、私、計算してみたんですが……」
(……自習室で、あんた、そんなこと、してたのか!?)
橘:「(……完全に、目が、泳いでいる) ……そ、そうなんだ…… ……すごいね、田中さん……(苦笑い)」
(……終わった)
(ラリーが、終わった)
田中さんは、 相手が、一番返しにくい、 「時速200キロの、論文スマッシュ(※注:トウモロコシ風味)」を、 相手コートの、ど真ん中に、叩き込んでしまったのだ。
「「「…………」」」
10分の間、 残りの8分は、 橘イケメンが、「そ、そうだね……」「はは……」と、乾いた笑いを浮かべ、 田中さん(本人は、たぶん、良かれと思ってやっている)が、 「……さらに、言うと、 ……動機の、論理性が……」 と、
……地獄のような、「公開講義」が、続いた。
「ビイイイイイイイ!!!」
10分後。
ホイッスルが鳴った時、 橘イケメンは、 ……まるで、魂を抜かれたように、 ……真っ白な灰に、なっていた。
(……塩まみれ(俺)より、ヒドいかもしれない)
桜木塾長が、 ……頭を抱えながら、 ……採点ボードを、掲げた。
【判定:E】
(……Eだ!)
(俺より、下だ!)
「田中あああああ!!!」
桜木塾長の、この合宿で、一番の絶叫が、響き渡った。
「貴様あああ! 昨日! 俺は、なんと言った! 『結婚は、論文じゃない!』と、言っただろうが!」
「な、なぜ! 相手が、一番興味のない、 ……『トウモロコシのヒゲの強度』なぞ、 ……プレゼンし始めるんだ!」
「あ、あ、あの……」
田中さん(本人は、まだ、キョトンとしている)が、立ち上がった。
「……で、でも、 ……私の『分析』を、 ……橘さん(イケメン)に、 ……知って、ほしくて……」
「(……ああ)」
俺は、その時、 気づいてしまった。
……田中さん、 ……あんた、それ、 ……好きな男に、自分の「一番得意なこと」を、 ……知ってもらおうとする、 ……E判定なりの、 ……不器用すぎる、「アピール」だったんじゃないか……と。
「……偏差値38! ……いや、トウモロコシの件で、マイナス10点! ……偏差値28だ! 不合格!!」
桜木塾長の、非情な宣告が、響き渡った。
E判定探偵コンビは、 俺が「塩」で、 田中さんが「トウモロコシ」で、 ……見事に、玉砕した。
俺たちの、 ……しょっぱくて、 ……繊維質な、 ……夏が、終わった。
(……いや、まだ、帰りのバスが、残っていたか) 俺は、もう、どうにでもなれ、と、天井のシミ(たぶん、今度は世界地図)を、見上げるしかなかった。
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