第47話 まろやの誘惑
まだ台帳に全部書き込んでいない状況をみて平田先生は、
「手分けしてやりましょう。台帳に書き込んだ分だけでいいですから、耳にインデックスを張って下さいますか? 私はどんどんカバーを掛けちゃいますから」と経験値の高そうな指示をくれた。
「カバー掛け大丈夫ですか?」
「任せて下さい。一応司書教諭ですから」
あ、なるほど。
オレは好意に甘えることにした。
二人で並んで黙々と作業を続けていると、ふと平田女史の座席位置がオレに近すぎることに気付いた。あきらかに開始時より近付いている。
オレが近すぎる位置を気にしたタイミングで平田女史がオレに顔を向けた。
すっと自然にオレの両腕を両手で優しく掴む。
下からじっとオレの顔を見つめる頬が紅潮している。潤んだ瞳が目と口を交互にゆっくりと往復する。瞳になでられているような心地良さ。
視線が唇で止まった。
「連……堂……先……セ」
なまめかしい眼つきと唇がゆっくりと近付いて来る。
こ、これは。
口さえ悪くなければチャーミングな若い女性である。
外は既に日が沈んでいる。
頭の芯が痺れてきた。
大変な仕事を手伝っていただいたし、ここは断ってはいけない気がする。
一応はスウェーバックで軽くかわしているが、スウェーできない角度まで来たらどんな男でもこの状態から起こす行動は一つだろう。
ええい、ままよ!
思ったところで図書室の引き戸が乱暴に開け放された。
「なにやってんのよ!」
ぷう? 両手に杖術練習用のグアバの小枝を握っている。
「離れなさい!」
右手に持った二尺のグアバの小枝を突き出す。
「あ、ごめ、いや、まだ、何も、あわわ」
世の浮気現場を押さえられたオヤジは、たぶんこんな感じで情けなく動揺するのだろう。
にしても、グアバの小枝はマズイ。なにせぷうの杖術は今では立派な凶器、殺傷能力も充分だ。
しかもぷうの全身からは殺気がほとばしっている。
「いや、まだ、殺されるほどのことは……」
言い終わらないうちにぷうが跳躍した。
図書室の入り口から作業机まで約五メートル。
空中でぷうの体が黄色の光に包まれた。ぷうの持つ破魔のオーラ。
スローモーションで再生されたようにぷうの表情が変化する。蛇変化。
口吻が尖り、血筋がウロコ状に全身を覆う。
振りかぶった凶器全体までが黄色いオーラで大きく発光している。
ヤバイ、殺される!
しかしフンッと振り下ろされた凶器の軌道は、意外にも平田女史の頭を狙って落ちてきた。
お、おい、駄目だろうそれは!
庇おうと、スウェーしていた上半身を平田女史に近付け、突き飛ばしてでも必殺の一撃を回避させようとした。
瞬間、両腕に恐ろしい痛みが走った。
平田女史が掴んだ両腕に爪を喰い込ませ、そのまま真後ろに飛び退ったからだ。まるで伊勢海老のように。
「うがっ!」
鋭角的に突き刺さった爪は抜けることなくオレは不覚にも前のめりに腰を浮かせた。
平田女史の頭部があったはずの場所にはオレのマヌケな後頭部が入れ違いで入り込んでいる。
ぷうの渾身の一撃が側頭部を襲った。
「くっ」
ぷうも必死で軌道を修正したのだろうが僅かにヒット。
意識が飛びそうな痛みが走る。一瞬で奥歯が全部浮いた痛み。
平田女史は爪を外してもう一度飛び退る。
転がりながら爪の喰い込んだ腕を確認したが、大穴が幾つか見えただけで腕を持ち上げて全体を見ることができない。
筋断裂。絶望的に痛い。
「レント先生! そいつまろや!」
ぷうが、ぷうの可愛らしい声と蛇女の低いしわがれ声の二重奏で叫ぶ。
「うぬっ!」
平田女史の顔にも血筋が浮き出ている。青黒いオーラまで発している。
――まろや?
気を失っている場合じゃない、膝を使って何とか立ち上がる。
ポケットに入れている四本菱目は……取り出せない。腕が動かない。
足技だけで参戦するしかないが、オレのスピードなどまろやなら簡単に凌駕するだろう。
――一旦外に出て――
かざし手を使って、せめて破魔具くらいは握れるようにしてから参戦しなおすか。
体を出入り口に向けて一歩踏み出した瞬間、ぷうの強烈な飛び蹴りが胸を襲った。
まさかの攻撃に、まったく対処できずにオレはぶざまに図書室の端まで飛ばされた。
「な、何を!」
「あら、ごめんあそばせ。これは浮気の分のおしおきですのよ。おほほ」ときた。
そんなことをしている場合か!
実際に二人のやりあっている隙をついてまろやが出口に向かって跳ねた。まるで疾風。
「ぷう! 逃げられる!」
オレが大声で叫ぶとぷうは、「待て!」とは叫んだが追う様子がない。
「?」
「ぎゃっ!」
次の瞬間まろやが叫んだ。
「ぐああああああぁぁ!」
顔を押さえ図書室前の廊下を転げまわりながら、地の底から絞り出すような絶叫を絞り出している。
そこへ大きな影が重なった。
「リン!」
リンが餓狼の顔でまろやを押さえつけた。
「獲ったわ!」
うつ伏せにしたまろやに馬乗りになって、右腕を逆関節に極め上げている。左手はまだ顔を覆っているが、その手は血にまみれている。
うつ伏せにされた下半身からも出血が認められる。
「足! 気を付けて!」
図書室を出ようとしたオレをぷうが声で制す。
「ん?」
目を凝らしてみると図書室の出入り口に何本かの銀糸が張られている。
ぐるりと見回すとまろやの顔辺りの位置には千切れた銀糸がひらひらと揺れていた。
――破魔の銀糸。風魔の結界――。
「カリュウの置き土産。メッキの方だけど」
女の子の顔に戻ったぷうがつぶやく。
「ちょっと! 縛るもの頂戴!」
リンが叫ぶ。
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