第42話 りんごの香り

 全治一か月。


 翌日、在州会病院影間診療所のベッドで目を覚ましたオレに下された診断だった。


 居酒屋ネリヤカナヤと同じ実久側のフェリー乗り場の近くに建つ古い病院は、今では診療所に格下げになって存続している。専門の医師は1~2週間に一度程しか来ない。


「外科の先生が居て良かったわね」

 ベッドで目を覚ましたオレの顔を覗きこみながらリンがほっとした顔で言った。


「オレどうなった?」

「刺されたのよ。まろやに」

「刺された?」

「あいつ包丁持ってたの。あんたにぶつかりながら太腿の内側にブスッと」

 全く気が付かなかった。


 リンによるとリンの攻撃をひらりひらりとかわしていたまろやが、オレが自分の前面に結界を張った瞬間を逃さずオレに飛びかかったらしい。あの結界は横からの攻撃には弱い。


 内腿の太い血管を一瞬でえぐられ、あっという間も無く失血で気を失ったらしい。


「ぷうは?」

「ぷうちゃんは大丈夫、キビトが間に合ったから。まろやが口に舌を突っ込んできたけど何とか抵抗したって。ぷうちゃんの魂を吸い取って僅かに残っている真女子の魂を呼び戻すつもりだったみたい」


 吸魂術か。


 加藤先生とぷうの舌の絡ませ合い……不謹慎にもちょっとどきどき。

「ばかね、これだから男って」


 勝手に人の思考を読むんじゃない! てか、単純すぎるオレの思考回路と表情の問題か。


「俊寛は?」

「ぷうちゃんも、さすがに実岡校長先生を肉片に変える訳にはいかなかったから跳び蹴りで吹っ飛ばしただけ」


「じゃあまだ何も解決はしていないんだな」


「ええ……さ、少しかざし手で修復しましょ。でもちょっとづつよ、お医者様に怪しまれない程度でやらないとあの外科医「自分は天才だ」なんて言い出すかもしれないから」


 かざし手は薬を塗るのと違い自己免疫力、自己修復力を上げるための物だ、修復される相手の意識が無いとあまり効果が無い。


 意識を失っているオレをかざし手をせずに病院に運んだのは出血量とかざし手の効果を鑑みての事だろう。が、おかげで完治まで時間が掛かってしまうが仕方がない。


 リンのかざし手はオレのそれとはレベルが違う。修復程度も範囲も深さも自在だ。

「とりあえず全治二週間目標でやりましょ」


                *


「帰りの会が終わりに近付くと風花がソワソワしだすんですよ」とぷうの副担任の堀田が見舞いのゼリーを小型冷蔵庫にしまいながら愚痴る。


「連堂先生の見舞いに来てるんでしょ? 毎日」

「ええ、まあ、すいません」


「まったく、部活にも出ないで……」

「ああ、はい、すいません」


「今日は僕も帰りの会が終わってなるべく早く車で来ましたから、風花が来たら一緒に叱ってやって下さいね」

「おお、はい」


 実はぷうは既に来ていて、堀田が帰るのを隠れて待っている。


 待てど暮らせど現れないぷうにしびれを切らした堀田が「お大事に」と病室を出て行ったのは面会から三十分後のことだ。辛抱の足らん奴め。


「へへん」

 ぷうがニヤニヤしながら細目に開けたスライドドアから滑り込んできた。


「やっと帰った。ふふ」

 ぷうはオレが入院してから毎日見舞いに来てくれている。


 帰りの会が終わると全速力で家に帰り、着替えを済ませ病院まで二十分で来る。距離は約十五キロ。

 陸上世界記録の半分の時間、堀田がどんなに車ですっ飛ばしても40分は掛かるくねくね道だ。


「だって直線距離だと十キロも無いんですよ。うふ」もう驚かない。


 そして面会時間の夜八時ぎりぎりまでオレの病室で過ごす。

「楽しいな」

「なにが?」

「先生のお世話」

 見舞いのリンゴを不細工に剥きながらはにかむ。


 肉体的に傷付いて、精神的にも落ち込んでいるからだろうか、ここのところやけにぷうが可愛く映る。いとおしい。


 もちろん一線を越えてはならないこと位は分かっている。


 もしかしたらオレのこの感情も蛇の妖力で作り上げられているものなのかも知れない。

 そう思うと余計に間違った行動にブレーキが掛かる。


「最近どうなんだルイは?」

 入院してから、気まずくなるとどうでもいい学校の様子なんかを聞いて場の雰囲気と自分の心をごまかすクセがついた。


「ルイ……カリュウくんは転校するって」

「え、いつ?」

「さあ、今日か明日か、あいつ「中学生のやるお別れ会とかちょっと無理」って言ってたから来た時みたいにいつの間にかいなくなるつもりかも」


「そっか。考えてみればアイツは高校生なのに中学校に単身赴任なんていう訳のわからん状況なんだもんな、早く帰りたいだろう」


「うん、向こうに許嫁いいなずけさんもいるしね」

 ぷうがちょっと寂しそうな眼をしたからいけない。


「ぷう」

 枕元に座っているぷうの左手を引き寄せてしまった。


 あらがわないぷう。


 リンゴの香りに包まれた。

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