第34話 清盛魂の昇らせ方

 皆の話をシレーっと聞いているだけのキビトに気が付いたのは、かなり場が和んだ頃だった。


 体育館での事を聞こうとそのタイミングを窺ってみたがなかなか目が合わない。意識的に避けているようだ。


 ずっとじっとオレに見られているのは分かっているくせに、ワザと無視しているキビトに我慢が出来なくなり、「おい」と声を掛けた。


「ん?」


 すっとぼけた顔でキビトが振り向く。

「あれ……どうやった?」

「なにが?」


 こいつ……。


「清盛を昇らせただろ」

 オレを見つめ返す顔が憎ったらしい。


「あの短歌みたいので昇らせたのか?」質問を替えてみると、

「リンは聞いてこなかったぞ。分からないのはお前だけってこと?」と、ちょっと大きめの声を出した。


 ちくしょうめ、「わかって当たり前」の事をしました的な感じにしてオレに辱めを受けさせる気だな!


「誰もわかんねえよ! 他の連中は素直じゃないから聞けねえの!」


 すると隣のテーブルからリンが「あら心外ね、俵藤太たわらのとうたでしょ?」と声をかけてきた。


 俵藤太?

「ほらみろ、分かる奴はわかってるじゃないか」


 くっ、俵藤太で合ってるのか。てか、俵藤太って誰だ?


 するとキビトの矛先がリンに替わった。ちょっと意地の悪い顔になっている。

「もちろん理由もわかるよな?」


 いつも小猿扱いされているからだろう。最初からリン狙いでこんな芝居をうった感じだ。


オレに質問させて、リンを巻き込み、恥をかかせる。その一連の流れを作ったように思える。


「あ、あったり前じゃない!」と慌てるリンを見て、オレの考えに間違いがない事が分かった。


 くすくす笑いながらキビトが「じゃあ、皆に説明してやってくれよ」と追い打ちをかけたが「ア、アタシは食べるのに忙しいの! 自分の事は自分でやんなさいよ! 間違ってないか聞いててあげるから!」とリンは逃げた。実はリンにもちゃんとした理由は判っていないようだ。


 ふふんと鼻で笑ってからキビトが話し始める。


「将門の首の話は知っているよな?」

「ああ、切られた首が天空高く舞い上がり……」


「ばあか、京で晒された史実があるのに、切られた首がその場で飛んでったらおかしいだろ」

「あ、そうか」


「京の大通りに晒されていた将門の首はな、夜な夜なうめき声をあげて京の人達を怯えさせていたんだ。それを藤六左近とうろくさこんという歌人が『将門は こめかみよりぞ 斬られける 俵藤太のはかりごとにて』と将門の首の前で詠い、もう死んでいることを将門に教えたんだ」


「? もう死んでるだろ? 首だけなんだから」

「それを自覚してなかったんだ。だから、「一戦交えようぞ」とか「体はどこじゃ」と夜な夜なうめいていたんだ」


 ……一戦交えようぞ……


「ああ、で、死んでる事を教えるにしても、ただ「死んでます」では納得しなかった将門に粋な歌で解らせたんだ」


「粋? 歌?」

「つまり、「こめかみ」の「こめ」が「米」で、将門を討った藤原秀郷ふじわらのひでさとの別名が俵藤太、その「俵」と「米」をかけたんだ」


「? ? ? 米と俵をかけると粋なのか?」


「当時はその程度の事で大笑いできたんだよ! だから将門も大笑いして関東方面に飛んでったんだ。笑うのは邪気を祓うのに一番効果があるからな、笑顔の効能ってやつさ」


 笑顔の効能……体育館での自分を思い出す。


「で? アンタの詠んだ歌はどの辺りが粋なのかしら?」リンが口を挟む。


「オイラのはもうちょっと凝ってるぜ。『清盛は あっちの病に 倒れたり 知るものぞ無きたる 今の太平』だからな」


「つまり?」


「つまり「あっち」は「熱い」と「向こう」の意味。それを「知る者」……「汁物」「あつもの」と「今」つまり「こっち」にかけて『お前は向こうの世界で熱病で命を落とした者である。ここにいるべきではない』と教えたんだ」


 う~む、解ったような解らないような。ただこの時代の漫才師はきっとダジャレの上手いやつが売れたんだろうな、と思う。


 キビトがリンに対してドヤ顔で見つめている。


 苦い顔でギリッと一つ歯噛みしたリンが、はっと思い出した。

「そう言えばアンタ『責任』があるって言ってたわよね、あれは何?」


 今度はキビトがちょっと苦い顔になって、


「……臭いだよ……」と答えた。


「臭い?」

「奴はオイラ達の肉と魂が大好物だったんだ。戦いを挑んだり隠れたりとオイラ達も頑張ったんだが、島にいた二百ほどの仲間は全部喰われちまった。奴はオイラ達の隠れ場所なんか臭いで追跡してすぐに暴いちまった」


「アンタは?」

「オイラは……前に、超きれい好きだって言ったろ」


「あ、あれは……」ぷうが心当たりのある顔でつぶやく。


「ああ、とにかく自分の臭いを消すにいろいろやったさ。でもレントと居るようになってレントに少しづつ臭いが移っていたんだろうな。きっと月一回の巡回の度に『大好物』の微かな臭いを感じていたんだろう」


「それで本来の餓鬼魂として急に暴れ出したのね……」


 体育館での柑橘系の匂いもそれか。あわてて標中学の果樹園に咲いているタンカンの花でも体にこすり付けて来たんだろう。


 最後はしんみりとだが、それぞれ強敵を破った達成感に浸りながら飲み続けた。

 宴は翌朝陽が高くなるまで続けられた。



 朝の我寿小中学校。


 美しい奥様を残して単身赴任をしている中村教頭。


 今日は島でコナをかけている若い女性との初デート。


 いそいそと駐車場に入って行き自分の軽ワゴンを探したが、駐車スペースには銀色に輝く粗大ゴミが……。


 朝の我寿集落に教頭の甲高い悲鳴が響き渡る。

「連~~堂~~先~~生~~!」

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