第32話 オヤカタサマとぷう

 オレとリンがどうするか顔を見合わせている時、すぐ脇で和服の大男と蛇女が見つめあっていた。


 大男は珍しいものを見るように首を傾げて蛇女を見ているが、蛇女はじっと大男を睨みつけている。ルイがちょっと慌てている。


「く~~そ~~じ~~じ~~い~~」

 蛇女がいきなり打ちかかった。

 ビシバシと大男のすねと言わず背中と言わずグァバの小枝を叩きつける。


「何を! 何をするか! 化け物め!」と大喝したが、蛇女の人間離れした鋭い攻撃は止まらない。

「痛っ! 痛い! 痛いって! やめやめ、やめって! やめいっ! 貴様! カリュウの味方側ではないのか! ならば!」と、大男は身構えた。


 その時ルイが叫んだ。

「御屋形様! こちらは風花様にございます!」

「へっ?」


 一瞬気を削がれた大男の脳天にグァバの硬い小枝が振り下ろされた。

 う~ん、と漫画のように崩れ落ちる大男。

 駆け寄るルイ。

 二人を見下ろす蛇女。


 何となく図式が見えた。

 倒れているのはきっと死んだはずの、本家風魔小太郎だろう。


「死んだのか?」

 ルイに聞いたが、意外にも返事は違う方向から返ってきた。

「まさか、あの程度で死ぬようなじじいじゃないですよ」


 ぷう!

 ぷうが元の女子中学生に戻って、しかも晴れ晴れとした顔をしている。

「ぷう……お前……」

「えへへ、後できっちり説明します。とりあえず今は清盛に集中しましょ」

「そうよレント、こいつどんどん熱を上げてるの!」


 確かに尋常でない熱さになってきている。体育館の床からは一部煙まで上がり始めている。このままでは何もできないままこいつに逃げられてしまう。


 突然清盛魂が声を発した。

「いっせん……まじえよう……ぞ……からだ……かえせ……」

 一戦交えようぞ。体を返せ……だと?


 自ら魔界に身を落とした事など忘れてしまっているのか。

 リンが忌々しそうに、悲しそうにつぶやく。


「こいつは維盛と俊寛を噛み殺した時に人に対する執着心みたいなものは落ちちゃったのよ。今残っているのは戦好きの侍の霊。ここまで舵を取っていたのはむしろ俊寛の方ね。奴はミサキになったのをいい事に自分の欲望を肥大させていったのね……餓鬼として」


「餓鬼?」

「ええ、喰っても喰ってもひもじさが解消されない餓鬼魂。だから喰った魂を昇らせるなんてことしなかった。口に入る物は何でも口に入れて飲み込むだけ」

 喰われそうになったオレには解る。何の感情も無くただ口を動かすだけの肉人形。


「オイラ達の肉と魂は奴の大好物だった」

 いつの間にかキビトが足元に立っていた。


「二百も居たオイラの仲間はみんなあいつに喰われちまった。俊寛の意地汚い念には全く対抗できなかったんだ」

「だけどな」キビトが続けた。「こいつ、清盛だけならオイラが引き受けられる」

「?」

「?」


 キビトは既に炎の出始めている床を一歩一歩清盛魂に近づいて行った。


「キビトやめなさい! こいつには何をやっても効かないの!」リンが叫ぶ。

 ゆっくりと歩を進めていたキビトがピタリと足を止め、悲しそうな眼で振り向いた。


「こいつが急に暴れ出したのはオイラにも多少責任があるし……まあ、考えがあるからそこで見てな」

 既に空気は近づけない程熱くなっている。そろそろ逃げ出す事を考えても良い頃だ。


 キビトは長い指を器用に絡めながら印を作り、「オン アボキャー ベーローシャナ マカボーダラ マニハンドマ ジンバラ ハラバリ タヤ ウン」と黄金真言を唱えながら清盛魂に近づいた。そして清盛魂を凝視して、


「清盛は あっちの病に 倒れたり 知る者ぞ無きたる 今の太平」

 何故か短歌のようなものを三度詠み、ウン! と止めた。


 すると清盛魂は銀線から逃れようとぐにぐにと動かしていた体をピタリと停め、突如、

「グアーッハッハッハー!」と大音量で笑い、ひとしきり笑うと「そうか」とキビトに声を掛け大きな光の玉となった。


 ふわりと空中に浮かんだ光の玉は後ろも振り返らず(振り返らず?)体育館の天井を突き抜けて消えた。


 あっけない終わり方だった。頭の中がシンとしている。目の前で起こった事、いや、現実に燃えている炎を見ても幻を見ているようだ。


 リンの大声ではっと我に返った。

「火の回りが早いわ! 逃げましょう!」


 古い乾燥した体育館の床はメキメキと音を立てて燃え始めていた。

「御屋形様を!」とルイがオレとリンを交互に見た。

「? お前が運べよ」


 オレの言葉に答えることなくルイは燃え盛る炎の中に突っ込んで行った。

 オレとリンは訳が分からぬまま気絶を続けている大男をかつぎ、体育館の外へ逃れ出た。


 一足早く外へ逃れていたぷうとキビトに合流する。足元に源之助が転がされている。一人残っていたのは源之助だったか。


 両手足を背中側に捻じ曲げられ、逆エビのような形で背中の真ん中でくくられている。頬にはでっかいミミズ腫れが二本くっきりとついている。


「何プレイだよ!」「団鬼六か!」オレとリンが同時に突っ込んだがぷうは怪訝な顔をした。キビトはニヤニヤ笑っている。


 体育館の中からルイが転がり出てきた。

「うわちっ、あちあち!」

 体中すすけている。焼きたての餅を持つように何本かのクナイを両手でホイホイしながら近づいて来る。


「どした?」

「これ純銀製なんすよ。自分の銀メッキとは大違いの力があるんす。あ、御屋形様には内緒で……」

「ばかもん!」

 気絶を続けていたはずの大男が声を上げた。


「きゃっ」

 ルイがクナイを懐に隠しながら後じさる。緊張が走る。


「よい、褒美につかわす」の声に「うわちちち!」と腹からクナイを放り出す。

 全員の緊張が解けた。

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