第20話 キビトの語る本当の歴史

 一一八一年閏うるうの二月、本暦で三月中頃。

 この頃になると島には早くも時折南の風が吹くことがある。


 完成した船に俊寛ははやる心を抑えられない。

 赦免船の役人に涙まで流してみせた男である。見回りの役人の目も怖い。


 完成した船を発見されてしまっては計画が水泡に帰す。たまたま吹いた南の風を「好機!」と維盛に進言し、強引に船出してしまった。


 しかし春先の南風ほど当てにならない物は無い。出航後すぐに風は西よりに変わり、次第に風力を増しつつ北風に変わった。


 一旦西風で外洋へ出されてしまった小船は真北の風を受けても元の鬼界ヶ島へは戻れない。しかもこの時期の北風は強烈だ、寒さも手伝って海上は劣悪な環境になる。


 遠く鬼界ヶ島を右手に見ながら船上の俊寛と維盛、維盛の側近四名は大波に震えながら耐えるしかなかった。

 

 経験の浅い武士と僧都の操船である。大事な水と食料などあっという間に流されてしまっている。


 丸二日強風にさらされ波にもまれ、半死半生の六名が発見されたのは大島海峡の外、影間島の東だった。


 大島海峡は中へ入ってしまえば一年中穏やかな海峡だが、一歩外へ出てしまえば荒れ狂う外洋だ。普通ならこんな風の強い日に海峡を出る者などいない。


 発見したのは標の漁師。影間島の東端、渡連集落の前辺りで漁をしていた彼らは沖を流されていく作りの悪い大和船やまとぶねを見付けた。明らかな難破船だ。


 中に僅かでも金目のものが残っていればそれを頂こうという魂胆。仮に生存者なんぞいたところで海に沈めてしまえば済む、くらいにしか思っていない。はなから人助けをしようなどという気は無い。


 シケにめっぽう強い「イタツケ船」と呼ばれる奄美伝統船を維盛一行が船底でガタガタ震えている難破船に寄せる。


 船を覗き込んだ漁師たちが「ハゲ! キュラギンド! ヌサレタヤ!」などと口々に叫んだであろうことは想像に難くない。

 島流しの目に遇ったとはいえ大将軍である。従者も含めて俊寛以外の者はそれなりのいでたちをしていた。


「すまん、標の漁師たちは何と言ったんだ? そこが判らないとその後の説明がまったく理解できないんだが……」

「おお! 美しい装いではないか! もうかったもうかった! みたいな意味だよ」

「……ここからは是非日本語でやってくれ……」


 一年の島暮らしでかなり島言葉は覚えたが、キビトのように早口でやられるとまだ理解できない。


 キビトがまた小首を傾げて舌を出したそうにしていたから「テヘペロはいいから」とめんどくさい流れを断ち切る。


 その全く同じ頃、遠く京の都……。

平家の総領清盛は病床にあって「あた、あた、あーたたたた!」と悶えていた。


「またふざけてるな……」

「いえ、そこはキビトが正しいわ。「あた」は古語で「熱い」よ。清盛は「あっち死に」したと言われているの」リンが解説を入れる。


「あっち死に?」

「マラリヤ説が有力だけど何とも言えないわね」

「ああ、マラリヤじゃない。マラリヤで風呂の水が沸騰するほどの熱は出ないからな」


「風呂の水が沸騰?」

「ああ、それどころか熱を持った清盛の体に水を掛けたところ、水がお湯の玉になって走り回ったとか……」


「焼けたフライパンに水を落とした時みたいにか?」

「ああ、そう言われている。将門の首の話は知っているだろ?」


「京都から東京まで飛んできたっていうあれだろ」

「ああ、あの血筋はものすごい念の力を持っていてな、半分妖怪さ「死んでも死にきれない」と思うと「死んでも死なない」し、またはその『逆』もあるんだ」

 んなバカな。


「鬼界ヶ島に送った俊寛と維盛の企みを清盛は第六感で感じ取っていたんだろうな、絶対許さないと決めた二人が手を組んで島を出る算段をしていると感じ取ったら、清盛なら自らを魔界に落としてでもオノレを変化させ、遠く南の島まで飛んでいくくらいの事はするだろう」

「じゃあ……」


「オイラがこの目で見たのはここからだから正確に話せるが、標の漁師は難破船をロープで引っ張って大島海峡に入って来たんだ。難破船の中ではこれから身ぐるみ剥がされて殺されるとも知らずに六人の乗組員がほっと一息ついていたよ」

「なぜ沖でやらなかったんだ?」


「せっかくの着物が血で汚れたりしたらもったいないだろう? それにいくら海に慣れている漁師とはいえ大波の中じゃ作業がしにくいじゃないか」

 なるほど。


「ところが船が標の港近くまで来たときに、空がぱーっと明るくなったんだ。明るさの中心はオレンジ色に燃える火の玉。その中心に鬼のような顔が浮かび上がって口を大きく開いてた。そいつがもの凄い勢いで天空から難破船に向かって突っ込んでったんだ。まるでそのでっかい口で肉を喰いちぎってやるぞと言わんばかりにな」

「それが清盛?」


「ああ、ぶつかる瞬間、俊寛が「清盛様!」って叫んだから間違いないだろう……」

 キビトがじっとオレの顔を見ている。


「……?」

「瞬間、俊寛が……」

「……」

「瞬間、俊」

「うるさい」

 今度は止められる前にテヘペロ顔をしやがった。


「清盛の火球はそのまま難破船の乗組員全員を巻き込んで海底に消えたんだ。漁師達はあわてて岸に漕ぎつけて浜に転がり出て固まってガタガタ震えてた。すると海の底から「ズシン、ズシン」と嫌な音と振動がしてな、しばらくすると直径3メートル位の赤黒いぶよんとした、もの凄く臭い肉の塊みたいなのが浮上してきて、それが汚らしい汁を垂らしながら漁師の頭を越して山の方へ飛んで行ったんだ」

「今の標中学校の方向ね」


「ああ、ちょうど体育館の辺りに着地した。あそこは大昔池があってな、その池を棲家に決めたようだった」

「それが標に棲む七人ミサキの正体か……」

 オレのつぶやきにキビトは目を伏せた。小汚い唇を噛みしめているようにも見える。


「どうしたキビト」

「いや、何でもない。とにかく体育館にいるその七人ミサキってやつはその時の魂玉だと思うぜ」


 所々キビトの想像や後付けの部分はあっただろうが、大方納得のいく説明だった。


 この話の通りだとしたらそいつはきっととんでもない力を持った怪物だろう。事実リンでさえ簡単にぶっ飛ばされて帰ってきている。なんせ本体があの平清盛なのだから。


 深夜にまで及んだ歴史の授業が終わるとキビトはすっと消えた。授業のお終いの方はかなり疲れた顔をしていたから、森に精気を充電しに行ったのかも知れない。


 リンがオレをじっと見てちょっと困った様な顔をした。

「何?」

 リンは言うべきか言わざるべきか迷っています的な顔をしてから「あのね」と始めた。


「あのお猿さんまだ何か隠してるわよ」

「何かって?」

「それは判らないけど、八百年以上も前のミサキ魂がそのまま残っているとは考えにくいのよ」

「そうなのか?」

「ええ、ミサキは一つ魂を喰らうごとに古い魂が剥がれて行くの。つまり、七つの魂を喰らった時点で最初の魂は一つも残っていない筈なの。だから必死で新しい魂を欲しがるのよ、早く昇りたいからね」


「じゃあ、普通ならもう清盛も維盛も俊寛も……」

「居ない筈よ。居るのは最後に捕り込まれた七人」


 その辺りの事までキビトは知らないのか、それとも知っていて口にしていないのかそれは分からないが、とりあえずミサキに喰われたであろう最新犠牲者七人分の情報をもらってから対処した方が良さそうだ、とリンと話し合い、翌朝酒教育長に報告しつつ情報をもらうことにした。


 教育長は早急に調べてリストを渡すと言ってくれたようだが、少し裏取りに時間がかかるとも言ったらしい。

 それにしてもキビトは本当はいくつなんだ?

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