第7話 ぷうの変調

 次の日、図書室を開け本棚のホコリを払っていると小学生が何人かやってきた。


「レンドー先生おはようございます」


 エアコンの効いた図書室は夏休み中の子供達の憩いの場でもある。学校の前の海で泳いで、学校の水道で水浴びをして教室で着替えてから昼寝だけしに来る強者もいる。


 活字嫌い、活字離れの進む中、まずは本の近くに子供達を来させることが大事なことだとオレはそういう子らも歓迎する。


「お、ゼンタ、たまには宿題なんか持ってきて図書室で勉強しろよ」

「えーやだよ、学校に来てまで勉強したくねーよ」


 小学校五年生の生意気小僧が本末転倒な事を言ってオレを「うははは」と笑わせる。


 小学校低学年の女子グループは必ずリーダー格の子がいて他の子をまとめて宿題をさせる。こまっしゃくれているがなかなか良いものだ。


各学校の図書室には100円ショップでまとめ買いしておいたパズルや知恵の輪を置いてある。少しでも図書室に子供たちを引き寄せるためのまき餌だ。


「ヒメカちゃん、書き取り終わってからじゃなきゃパズルはだめだよ」とか、「静かに本を読むか宿題しないんだったら図書室に来る意味ないじゃない」とか、その場にいる中の最上級生がお姉さんぶりを発揮する。


 ただその緊張も三十分ほどで切れ、

「レンドー先生、読み聞かせして~」と断わり切れないお願いをしてくる。読み聞かせは小中学校を受け持つ司書の仕事の中で高いウエイトを持つ。


 だから夏休み中の午前中はかなりの確率で絵本の読み聞かせをさせられるが、図書室は飲食禁止なのでお昼のチャイムが鳴ると子供達を一旦家に戻す。


「だちょうのタマゴにいちゃんはみんなのヒーローだー!」

 調子の出たところでお昼のチャイムが鳴り響く。

「よし、今日はここまで。続きはまたいつかやろうな」


 えー、やだやだ、もうちょっと~などのブーイングには構わず、「はーい、いったん図書室閉めまーす! お昼ご飯食べてから来たければもう一度おいでー」とエアコンのスイッチを切る。


 一度家に戻って午後から出直してくる子はそうはいない。子供らには子供らの別の付き合いもあるのだから当然だ。


 カップ麺の食事を終え、午後一時を過ぎてオレは図書室でぷうを待ったが、ぷうは現れず代わりにヒナタが一人で来た。


「レンドー先生」


「どうした?」

 いつも元気なヒナタの顔色が冴えない。


「ぷうは今日来られません」

 昨日の霊障の後だからちょっと嫌な予感がした。


「どうして?」

「今朝から熱が出て病院に行くって言ってました」

「そうか、悪そうなのか?」

「うーん、ぷうのばあちゃんの話だから何とも言えないんだけれど、左手が腫れてすごい熱が出たって」


 やはり左手か。霊障への過剰反応だろうか。


 オレはヒナタに図書室を任せて外に出た。電波の入るところまで移動して文納館大学の学生課に電話をかけ、あらましを報告した。


 ――本当の病気である可能性が無くなったら雨月物語に大元が隠れているはずだから、確認後、本の大祓いをするように――まあ、妥当な返答ではある。


 夜、集落に一軒だけある雑貨屋でぷうの家までの道を聞き、ぷうの祖母、サキさんから話を聞いた。


「まだ原因が判らんち、検査入院ち」


 ぷうはおばあさんと二人暮らしだ。表札に『風間』の文字は無い。


 島にはUターン、Iターン者が多い。我寿小中学校も生徒の半数以上がそのパターンだ。だからベタベタの島言葉を使う子供は殆どいない。標準語で喋りかけても何の違和感も無いのはそのせいだ。


 ただ、ぷうのばあちゃん世代に本気で島言葉を使われたらもうお手上げ。手も足も出ない。なんせ名詞が違うのだから。


「アチャヤスカマナリバニャッリグァワカユンカモヤ」


「ええ、そうですね」って何を言われたのか分からないままうなずいたオレに「んじゃ先生、明日の土曜日は休みでしょ? 見舞ってくれんですか」


 標準語使えるんかい!


「明日の朝になれば少しは様子が判ると思います」先ほどの島方言も訳してくれた。

 ご丁寧にありがとうございます。


 朝一番のフェリーで大島本島に渡り、在州会病院にタクシーで乗り付けた。

 受付で学校の者ですと告げ、ぷうの病室を聞く。203号室。小児科だ。ちょっとホッとする。


 病室のドアをスライドさせるとぷうの整った笑顔がオレを迎えた。


「先生!」

「どうした、大丈夫か?」

「これからお医者さんが説明に来るそうですけど、熱は下がりましたし、手の腫れもかなりひいてきたんで大丈夫そうです」

「そうか、ヒナタが青い顔をして「病院にかつぎこまれた」みたいなことを言うもんだから先生心配しちゃったよ」

「あはは、ヒナタはいつも大袈裟だから」

「それにしても中学生にもなって小児科とはね、ま、ぷうはまだ子供だから仕方ないか」

「ひどーい先生、私もう立派な女ですよ、ベッドがここしか空いてなかったんです!」


 言いながらぷうは少し頬を赤らめながら自分の胸をぎゅっと強調させた。目が潤んでいる。


 ん? いつものぷうと違う。振る舞いに違和感がある。なまめかしい。


 ――蛇に憑かれている? ――


 蛇は元来淫の性が強い。

 だとしたらやっかいだぞ。退院される前に雨月物語を大祓いしなければ。

 オレはお見舞いのプリンとカップアイスを渡し、慌てて病院を出ることにした。


「え~やだやだ」

「なんでなんで?」

「先生、もうちょっと居てぇ……」


 自分の頭で考えた事と口から出る言葉、体の変調などのちぐはぐさに少しとまどいながらもぷうが一生懸命オレを引き留めようとした。だがぷうよ、それは半分操られているからこその言動なんだぞ。


このままじゃ精神を喰われちまう。

先生が助けてやるからそんな悲しそうな顔をするんじゃない。


「ばか、サキおばさんに聞いて急にお見舞いの予定入れたんだぞ。実は今、役場で読書担当者研修会の真っ最中なんだからな」


オレは嘘でぷうを説得して港に向かった。

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