司書補レント ~影間島奇譚~ 精霊キビトとオレとぷう

五月女オルソ

第1話 文納館大学・入学

――痛い・苦しい……心? いや、魂か……。なぜ? どうしてこうなった? 何を間違えた?――


Wind is brow……

The void is heart……


 遠くでオヤジのブルースが聞こえる。どこから持ってきた歌詞なんだか知らないが、たった一枚出したレコードのB面の曲だ。

 なぜこんな時にオヤジのブルースが流れる?


 頭の中がもやもやで一杯の中、オヤジの哀しくも切ない歌声が響く。


 ――どうしてこうなった? 何を間違えた……――


「レント……レント……」

 癒される女の声。


「レント……レント……」

 癒される男の声。


 オレを“レント”と呼ぶのは大学の同級生とキビトだけだ。

 そうか――。あの大学に入ったあたりから、こうなる日が来ることは決まっていたのかもしれない。


 進学を考えるとき、普通は何をもって大学を選ぶ?

 好きな学問の追求? 就職しやすさ? 遊びやすさ? 流行?

 オレにはそんな自由は許されなかった。


 オレが選ばされた(された)大学は「文納館大学」。

 聞いたこともない、見たこともない大学だった。


 学部は文化人類学のみ。外国語は七カ国語必修。

 英・仏・中・露・ラテン・アラビア・スペイン語。

 これらを“第一外国語群(群!)”と呼び、さらに第二外国語でヒンディー・スワヒリ・韓国語のいずれかを選ばされる。


 四年間ですべて英検二級程度のレベルを要求。

 試験の八十%未満は赤点。一科目でも落とせば「もう一年お越しください」と学生課の職員にニヤニヤされる。


 もちろん一般の教科もある。

 地獄のようなカリキュラム。

 だがそれも、ある資格を取るためだ。


 ――司書教諭。


 学校図書館で、教諭として働きながら専門的職務を担う資格。

 だが、うちの大学の「司書教諭」は一味違う。

「図書館資料の選択・収集・提供、及び除霊」


 職務内容の最後に「除霊」とある。


 そう、うちの大学は“活字専門の除霊士”を養成する特別な大学なのだ。

 別枠で退魔士の育成もしているらしいが、その方達とすれ違ったことは、無い。


 運営母体は『BSE(Board of Spirituality Education)』。

 霊的教育委員会――国の機関だ。

 卒業と同時に辞令を手渡す、容赦ない連中でもある。


 この大学に来る者は、ほとんどが中高で図書委員などをしているうちに、“ある能力”をBSEの調査員に見出された(目をつけられた)者たちだ。


 国の推薦(という名の強制)で入学。

 生徒には給料も出る。

 親は契約金(口止め料)と安定した将来を説かれ(ライトな脅迫)、反対はできない。


 オレの場合、本が好きだったし、自分に“その能力”があるのもわかっていた。

 売れないブルースマンの父親と、苦労ばかりの母親。

 貧乏な家で育ったオレにとって、本だけが唯一の逃げ場だったガキのころ。


 ――この力で、母を少しでも楽にできるなら。


 そう思って、オレは文納館大学に進学した。

 だが、その四年間はまさに地獄だった。


 朝は五時半起床、掃除、座禅、宗教講話。

 キリスト教もイスラムも、仏教も神道も。

 いろんな宗派の“坊主”が交代で説法を垂れる。


「イスラム教のシャハーダも受け、キリストの洗礼名もある」――

 そんな、宗教的カオスな人間が量産される。


 除霊の作法も叩き込まれた。

 悪鬼・悪霊と戦う日々に備えて。


 それでも、なぜか誰も逃げ出さなかった。

 理由は、入学式での校長の言葉だ。


「日本には、現在潜伏している不登校児まで含めて約40万人の不登校児童・生徒がいます。それらの原因の多くは“物ノ怪”の仕業です――」


「言霊を紡いだものが書物です。全国の図書館・図書室には無数の悪鬼悪霊が住み着いています」


「これらが子供たちのやる気を削ぎ、暴力的に誘導し、人格を破壊し、ひいては社会生活不適合者まで生み出しています」


「しかしこれは公にできることではありません。図書室・図書館不要論まで噴出してくる問題だからです」


 ガキのころからオレの逃げ場になってくれていた本や図書館の否定は我慢ならない。


 それはここに集まった同僚たちも同じ気持ちだった。

 ――俺たちがやらねば、誰がやる。


 そうして、オレたち“本を祓う者”の修羅の四年間が始まった。

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