第2話 モモコ、はじめての変身!

『約束の時が来たんだ!

 君の力を貸して!

 魔法少女マジカル♡モモコ!』


猫の衝撃的な言葉がこだました。


「ぶっ」

 最初に声を発したのは我が娘だった。

 私の顔は一瞬で真っ赤に染まる。


「何笑ってんの!」

 娘に怒っても、この赤面顔では効果がない。

「だっ……だって、少女、ママが……ママがマジカル……!」

(娘の前で言われるとは……!

 何ハラよこれ!)


 だけど「笑うな」は酷かもしれない。

 私だって『マジカル+実母名』は笑うし。


「さあモモコ! このステッキで変身だ!!」


 全く空気を読まない猫は、雫に更なる笑いの燃料を投下する。

 どこかで見たステッキを押し付けられ、私は頭に血が昇った。


「やめてよ! 30代にはキツ過ぎるから!!」

 ステッキを押し返そうとした瞬間、ドンと地面が揺れた。


(地震!? 大きい!?)

 反射的に雫に覆い被さって伏せたが、予想に反して続く揺れはなく、重いものがバラバラと道路に落ちる音を聞いた。

 振り向くと、お向かいから瓦礫が落ちてくる。

(何なの? ガス爆発とか?)


 土煙の立つお向かいの2階へと、私は視線を持ち上げる。

 そこで目に映ったものが信じられなかった。


 見上げた先には太陽を背に、真っ黒な犬がお向かいの屋根の上に立っている。

 まるで2階建ての屋根に2階建てのバスでも乗った様に巨大な犬は、その巨体で2階を半壊させていた。

 真っ赤な目と巨大な牙を覗かせて、辺りを睥睨している。


 私は娘を抱えたまま地面にへたり込んだ。

(何これ。何なのこれ)


「さあモモコ! そのステッキでヘンシンだ!!」

 猫の空疎な叫びが耳に響いた。


(え? ヘンシン? 誰に返信?

 いや、まず雫を……あ、旦那に電話……!)

 犬と目が合い、私は硬直する。

 犬は顔を歪ませた――まるで嘲笑うかのように。


「モモコ!!」

 たかが猫の体当たりで私は娘ごと吹き飛んだ。

 そして強い衝撃に我に返った時には、私たちのいた道路に犬の足がめり込んでいた。

 そしてあの猫は、巨大犬の足元に消えてしまったのだろう。


 事態をやっと把握した私はその瞬間絶望する。

 事情を知っていそうだった猫はもういない。

 私は一体どうすれば……


『さあモモコ! そのステッキで変身だ!!』


(変身。そうか、変身か)

 今更漢字を思い出して笑った。

 あまりに非現実的、あまりに痛過ぎる。

 でも――

「痛くて結構!」


(雫を守れるなら変身でもなんでもしてやるわ!)

 私はステッキを振り翳した。


「ラリブル・ラリブル・マジカルチェンジ!!」

 ピンク色の光がカッと私を包んだ。

 本当に一瞬で魔法少女に変身した。

 あの頃夢見た魔法少女に。

(あまりにも間抜けで馬鹿げてる)


「雫は隠れて!」

「マ……ママ……?」

「何が何でも、雫だけは助けるからね。絶対!」

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